第766話 滞在日数を伸ばしてもらうようお願いしました



「そもそも、面談が終われば皆、一度自分の住む場所へ帰る手筈になっておりますからな。一部の者はしばらくラクトスに滞在する予定なのでしょうが、大半は一度帰り、追ってこちらから雇用の可否を報せるとなっています。まぁ、ラクトスに暮らしている者ならともかく、旅というのは費用が掛かってしまいますから」

「はい。なので、私は明日にでも一旦村に戻って、村の仕事を手伝いながら待とうかと考えていました」

「ふむ、そうですか……」


 まぁ、移動するにも数日がかりだから、馬を使えば馬に費用がかかるし、そうでなくても食費やらとお金がかかるのは仕方ないだろう。

 ラクトスに滞在するなら、当然宿代もかかるしな。

 余裕がある人はしばらく滞在して、遊ぶ……程の娯楽はなさそうだが、街を見てから帰るんだろうけど、そもそもに余裕があるのは他に仕事をしていたりした人達の一部くらいだ。

 現在仕事をしていない人もいるだろうし、だからこそ募集に対して応募して来たんだろうからなぁ……村のお金をあまり使いたくないデリアさんなら、できるだけ節約しようと考えるのも、当然だろう。


「ん~、一日だけ、村に戻るのを伸ばすのはできないかな?」

「それくらいなら……なんとかなると思いますけど……何か他にも私に?」

「リーザともう少し話をして欲しいし、レオにも慣れて欲しいから、もう少しだけいて欲しいと思っているだけだよ。でも、そうするとデリアさんが今日休む時間が少なくなるし、明日出発しても疲れがあったらいけないから」

「いえ、それくらいなら別に……」

「そうですなぁ。ヴレイユ村とラクトスは遠く離れているわけではありませんし、道中の魔物もあまり確認されてはいません。ですが旅には危険がつきものですからな……今日は面談だけでなく、レオ様やクレアお嬢様とお会いした際の緊張などで、大分疲れが溜まってしまうでしょうから、一日休みに充てるのがよろしいかと……」

「そうね。私と会って緊張する必要はないのだけど……こればっかりは仕方ないでしょう。これからまたレオ様と会う事を考えると……一日ゆっくり休んだ方がいいでしょうね」

「皆様の言う通りですな。疲れというのは思わぬところで足を引っ張ります。ここは、皆様の言うようにしっかり休んで、村へ向かった方が良いでしょう。商売をするにも、疲れていては上手くいきませんからな」


 これまでの疲れと、これからの疲れを考えたらもう一日滞在を伸ばして、ゆっくり休んでから帰って欲しい……というより、もう少しリーザと打ち解ける時間をもらえたら、デリアさんも前向きに家庭教師の話を考えてくれるかもしれない……という打算込みなんだけどな。

 でも、遠慮というか、あまりお金を使いたくないデリアさんは渋っている様子……というところで、セバスチャンさんがもっともらしく話し、さらにクレアと今まで黙って話を聞くだけに徹していたカレスさんが、援護してくれる。

 なんとなく、俺の意図が見抜かれている気がするのは気のせいじゃなさそうだけど、今はこの流れに乗るべきだな。

 もしデリアさんがそれでもと言うなら、無理には引き止めないけど……。


「デリアさんが、宿代を少しでも節約したいという気持ちはわかるよ。俺も、似たような感じだったから」

「タクミさんは、遠慮し過ぎなんです……」

「クレアお嬢様を助けて下さったのですから、あれくらいは……」

「ま、まぁ……それは置いておいて……とにかく、デリアさんがリーザの話し相手になってくれるなら、宿代を出すくらいはするよ。まぁ、これも遠慮されるかもしれないけど……お願いしているのはこちらだから、これくらいはね?」

「そ、そんな! 話をするだけで、そこまでしてもらわなくても……!」

「読み書きを教える、という事は抜きで考えても、リーザには獣人の知り合いが必要だから。……お金で解決して、という風にも考えられるから、これがいい方法なのかはわからないけど……でも、せっかく会えた獣人仲間なんだから、これくらいはしてあげたいんだ。俺の勝手な考えだけどね」

「ふふふ……リーザちゃんに言ったら、タクミさんの方が心配されそうですよね」

「むしろ怒られそうです。『リーザのためにパパがそんな事考えなくても!』とか言われそうですよ。……なのでデリアさん、この事はできれば内緒でお願いしますね?」


 俺が遠慮のし過ぎなのかはともかく、デリアさんとリーザは同じ獣人という事で、絶対にお互いが必要な時が来るような気がしている。

 自分だけが種族違いで、人間の中で生活するというのは、俺にはわからない苦労や悩みだってあるはずだから。

 今は大丈夫でも、これからの事を考えてちゃんと、自分以外にも獣人の仲間がいるんだと思う事で、少しは楽になれるのなら宿代くらい安いもんだ。

 というか、レオに屋台でおやつを買う方がお金がかかるだろうからなぁ。


 それはともかく、驚いて遠慮しようとするデリアさんに、さらに言葉を重ねて説得をする。

 クレアがクスクス笑いながら言っている通り、リーザに知られたらお金の心配だとか、遠慮されそうだから内緒にするよう、苦笑しながらもう決定した事のようにお願いする。

 ちょっとどころではなく強引だけど、遠慮するデリアさんにはこれくらいがちょうどいいだろう……と勝手に考えている。


「わ、わかりました。その……リーザ様には、タクミ様の気遣いは言わないようにしておきます」

「うん、それでお願い。あと、リーザの事は様付けじゃなくてもいいんじゃないかな? その方が、お互い距離を感じなくて済むし、リーザも気にしないだろうから。本当は、セバスチャンさん達もそうなんだけど……」

「私共は、タクミ様も含めてお客様であると考えて、対応しておりますからな。おかげで、屋敷の者達の気が引き締まって助かっておりますよ。ほっほっほ……」


 ちょっと前には、屋敷の使用人さん達が浮かれているとか、元気すぎるとか、愚痴をこぼしていたのに……。

 まぁ、使用人さん達からすると、リーザや俺を様付けで呼んでちゃんと対応する事を意識する事で、油断しないようにする考えでもあるんだろう。

 レオに関してはシルバーフェンリルを敬うという、家訓があるから仕方ないけどな――。



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