第764話 公爵家の伝説をセバスチャンさんが語りました



「問題ないわ。誰に伝えて困る話でもないし、広く知られている事でもあるからね。それに、デリアさんはフェンリルと縁が深いようだから、知っていた方がいいのかもしれないわ」

「畏まりました。それでは、少々年寄りの昔話に付き合ってもらいましょうかな……」

「は、はぁ……」


 公爵家とシルバーフェンリルに関して、俺は既に聞いていた話で、初代当主様……ユートさんが言うには、この人も俺と同じ異世界から来た人で、ギフトを持っていた女性の……確か、ジョセフィーヌさんだったかな?

 もちろん、俺が聞いたのはユートさんからの話で、ジョセフィーヌさんの詳しい話は公爵家でも当主のエッケンハルトさんしか知らず、クレアやセバスチャンさんは広く知られている伝説しか話せないんだが……。

 まぁ、俺がリーザの事をほとんど説明してしまって、若干落ち込んでいたようにも見えるから、説明好きなセバスチャンさんにとっては楽しいひと時なんだと思っておこう。

 ほんと、説明を始めると生き生きとするなぁ……。


「ほわ~……そういう関係があったんですね。公爵様とシルバーフェンリル様……」

「領民の多くは、公爵家との関係性を知っているので、シルバーフェンリルを同様に敬うという事も知っているの。まぁ、今までそのシルバーフェンリルが人前に現れるという事自体が、なかったわけだけど……探せばどこかに出会った人間もいるのかもしれないわね。その場合、レオ様のように人間と親しく接してくれるかどうかはわからないから、無事とは思えないのだけど」

「そうですな。レオ様が今のように人間を襲わず、親しくなさって下さるのは、タクミ様がいらっしゃるからだと、私は考えています」

「タクミ様、やっぱり凄い人なんですね~」

「いや、俺が凄いというわけじゃ……」


 初めてレオの事を聞いた人は、ほとんど今のデリアさんのように俺を尊敬するような目で見てくれるけど、元々マルチーズだったのを育てていただけだからなぁ。

 そりゃ、人嫌いにならないよう愛情を注いで育てていた自負はあるけど、仕事ばかりで相手をしてやれなかった時間も多いし、レオの優しさというのは絶対にあると思っている。

 とはいえ、その事を今デリアさんに話す段階じゃないし、クレア達には既に話してあるのに意見が変わらないのはどうしたものか……。

 手っ取り早いのは、俺がそういった視線や言葉に慣れる事だけど、それも中々難しい。


「まぁとにかく、デリアさんが獣人だとかは関係なく、レオ相手に気後れする必要はないと思いますよ?」

「そう言われると、そうなのでしょうけど……やっぱりシルバーフェンリル様を見ると、どうしても……」

「そこは、慣れるまでといったところね。私もそうだったけど、屋敷の使用人達やお父様も、最初は近寄りがたかったのも間違いないわ。最近では、皆レオ様の優しさに甘えて、よく撫でているけど」


 いや、クレアは最初から割とレオに自分から近付いていたような……まぁ、初めてレオに乗せてもらう時なんかは躊躇していた様子もあったけど。

 出会い方があれだったから、他の人より慣れるのが早かったのはあるかな? オークに襲われて命が危なかったのを、助けられたんだから。

 ほんと、あの時はレオじゃなかったら間に合わなかっただろうなぁ……俺の足じゃ無理だっただろうし、そもそもあの頃は剣も使えないし持っていないから、間に合っても助けるどころか一緒にやられていた可能性が高い。


「それでタクミ様。デリアさんをここまで連れてきた本心は、いかがでしょう? リーザ様に会わせるのが主目的ではあるんでしょうけど、何やら考えがおありとお見受けしますが?」

「あー、セバスチャンさんにはバレていましたか……」

「わかりやすいわけではありませんが、タクミ様なら何か考えているだろうな……という予想ですな。誰かのために何かを考える、というのがタクミ様ですから」

「いや、そこまでは……ちょっと買いかぶり過ぎだと思いますよ?」


 まぁ、リーザに会わせるというのが一番の目的なのは間違いない。

 結局、レオやクレアと会った事で混乱が増したところで、リーザに気付いたからまだ話もほとんどしていないくらいだが……これは事前に伝えていなかった俺の失態だろう。

 ともあれ、リーザの反応を見て、ちょっとした提案をしようとしていたのは確かだ。

 隠そうとまでは考えていないが、もしデリアさんが良ければくらいにしか考えていなかったので、セバスチャンさんに見抜かれているとは思わなかった。


「タクミさん、デリアさんをどうするのですか?」

「私、何かされてしまうのでしょうか……? いえ、シルバーフェンリル様を従えているのですから、私は黙って言う事を聞けばいいのでしょうけど……」

「そこまで身構える事じゃないよ?」


 クレアが問いかけ首を傾げる横で、デリアさんは何かを覚悟した様子……いや、無理矢理何かをさせるとかではないから、覚悟なんてしないでもいいんだけどなぁ。


「あー、その前に……多分大丈夫だろうけど、デリアさんは文字が読めるかな?」

「え、あ、はい。村のお爺ちゃん達に教えられて、文字の読み書きはできますけど……」


 この世界、どれだけ教育レベルが発展しているのかわからないが、文字の読み書きができない人も一定数いるらしい。

 ユートさんがちゃんとした教育をさせて、この国では多くの人が読み書きできるようにはなっているようだけど……子の近くにいる親や大人が、ちゃんとした教えをしたり、私塾みたいなのを開いている事が多いそうだ。

 だが、デリアさんやリーザのように、親がいない子達はそういった教育がされずに育つ事もあるようで、識字率を下げる要因にもなっているとかなんとか。

 孤児院ではちゃんと教えるらしいが、スラムでは教える人はいないし、そのまま大人になったら働き口が少なくなってしまう事だってある。


 ちなみにだが、ニックがスラムから抜け出そうとして真面目に働こうとしたが、あまり雇ってくれる所がなかったり、ちゃんと働けなかったのはこれも理由の一つだと言っていた。

 屋敷に来た時にチラッと話したんだが、今はカレスさんから教えられて真面目に勉強しているらしい。

 店の中には値札や伝票があるから、接客をするうえでも最低限文字が読めないと働くのが難しいだろうからな……本人は俺の次にカレスさんには感謝だと言っていたが、実際は俺よりも感謝すべきだと思う。

 それはともかく、デリアさんが読み書きできるならちょうどいい……こういう事を聞かずに、先にどうするかを考えてしまうのは俺の悪い癖なんだろうな、反省――。


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