第763話 デリアさんが拾われた状況の説明を聞きました



 デリアさんの身の上話になり、クレアも俺もカレスさんも、そしてセバスチャンさんやライラさんも含めて、その話に聞き入る。

 なんでもデリアさんは、村で森の木を伐り出す木こりの男性に拾われたんだそうだ。

 本人が後で村の人からその時の状況を聞いたらしいが、デリアさんの近くには一体のフェンリルが横たわっており、最初はその木こりの男性も恐れて近付かなかったんだが、フェンリルが視線をよこすだけで動かないとわかると、傍にいたデリアさんへと近付いたらしい。

 近くで様子を見ると、そのフェンリルは大きな怪我をしていて立てるようには見えなかったそうで、デリアさんや男性を襲う事はとてもじゃないができない状況だったと。


 そして、男性がすやすやと安らかに眠っているデリアさんを抱き上げた瞬間、息も絶え絶えに見えたフェンリルがスッと立ち上がって、よろよろと森の中へ歩いて行った。

 その際、一度だけ男性とデリアさんの方を向いて、どういわけか謝るように頭を下げてか細い声で鳴いていた後、去って行ったとの事だ。

 男性は手負いのフェンリルを追おうとしたが、離れるにつれてデリアさんがむずがり泣き始めて、それに対処するために追う事はできなかった……そして、そのフェンリルをその後は見る事はなかったと。

 そもそも、村に近い場所にフェンリルが現れる事はこれまでなかった事らしく、村の人達はデリアさんを守るためだったのだと結論付けて、フェンリルを恐れる意見もあった事から、デリアさんを村の子として育てようとなった。


 なぜフェンリルを恐れてデリアさんを育てる事に、という疑問も沸いたが、それには本当にフェンリルがデリアさんを守っていたのであれば、他の場所に捨てたりすると、恨まれてしまうのではないか……と考えたかららしい。

 まぁ、守っていた子のはずのデリアさんに何かあれば、もしかするとフェンリルが襲って来るのでは、という恐怖もあっての考えだったらしい。


「そうして、村で育てられた私は、耳や尻尾の事もあって獣人である事は隠せませんでしたけど、他の人間と変わらずに育てられました。その中で、先程言ったようになんとなく感覚で見分ける事を覚えたんです」

「反対とまでは言わないけど、デリアさんやフェンリルを恐れる人がいたんですね」

「はい。とは言っても、何かしてくるわけではありませんし、ほんの数人程度ですから。それに、村の皆は本当に優しくしてくれて、感謝しています」

「デリアさんの拾われた状況はわかりました。少々特殊な状況ですな……フェンリルが獣人とはいえ子供を守っていたとは……」

「はっきりと、守っているとわかっているわけじゃありませんけど……状況からそうとしか考えられなかったみたいです」


 説明を受けて、セバスチャンさんが顎に手を当てて考えながら頷く。

 デリアさんは、はっきりと捨てられた……という状況ではなかったようで、少しだけ安心した。

 そりゃ、実の親が不明という事には変わらないけど、いらないから捨てられたなんて状況ではないのは確かだ。

 捨てられてから、フェンリルが見つけたという可能性もあるけど……大きな怪我をしていたという事は、魔物か何かと戦ったのだろうと思えるから、もしかしたらデリアさんの家族は魔物に襲われて、そのフェンリルが助けた、とも考えられる。


 その際に、デリアさんだけが無事だったから、他の魔物に襲われないよう森の外に逃がそうと、怪我を押して連れて行こうとしていたとか……なんて、想像だけならいくらでもできるか。

 フェンリルが他の種族を助けるのか? という疑問もあるが、それこそ以前に聞いた獣型の魔物にとって獣人は特別、という事らしいからそれが理由だったりするかもしれない。

 実際には、生きているならそのフェンリルに聞かないと、はっきりとわかる事じゃないけどな。


「タクミ様。フェンやリルル、フェリーに話を聞けば、何かわかるのではないでしょうか?」

「そうですね……村の場所とフェン達がいる場所では、離れ過ぎている気もしますが、何か知っているかもしれませんね」

「その、フェンやリルル……というのはどなたなのでしょう?」

「フェンリルの森に住むフェンリルで、群れのリーダーがフェリー、その群れに所属している別のフェンリルの夫婦が、フェンとリルルというんだ。レオがいるから、何度かフェンリルとは話した事があるし、仲良くしているんだよ」


 仲良くというか、なんとなく餌付けしてしまった感もあるが……そこは考えないでおこう。

 どちらにせよ、レオがいてくれたからこそ友好的に接する事ができたのには、間違いがないからな。


「ふぇ、フェンリルと仲良く!? どうやってそんな……あ……シルバーフェンリル様がいるのなら、それも簡単な事なのでしょうね。先程の強大な気配は、確かに全ての魔物の頂点だとはっきり理解できましたから。圧倒されて、まともに話せませんでしたけど……怒ってなければいいのですが……」

「俺からは、可愛いやつで相棒、というくらいでしかないんだけど……獣人のデリアさんからしたらそう感じるのかも? でも、レオは優しいので怒っていたりしてないと思うよ」

「……先程の子、リーザちゃんを見れば確かに優しいというのはわかりますが……子供達とも仲良くしていましたし」

「はい。なので、後でもっとしっかり撫でてやればいいと思う」

「そ、そそそそんな……私如きが撫でるなんて……」

「撫でられるのが好きなだから、喜ぶはずだけどね?」


 さっきも、緊張しまくっていたとはいえ、右手を誘導して触れてもらった時にもレオは気持ち良さそうにしていたからな。

 獣人だからとかシルバーフェンリルだとかは関係なく、レオは喜ぶと思う。


「そうなの……でしょうか?」

「レオ様の事は、タクミ様が一番よくわかっていらっしゃいますからね。私も、初めてタクミ様やレオ様を見た時は随分と驚きました」

「そうですなぁ……初代当主様ならともかく、私も人間がシルバーフェンリルのレオ様と一緒にいて、驚きました」

「初代当主様、ですか?」

「はい。公爵家の当主……その初代様となります。これは、公爵家に伝わっている伝説でもあるのですが……クレアお嬢様?」


 クレアに視線をやるセバスチャンさんの目は、ランランと輝いていたとかいないとか――。


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