第729話 人が少なくなるとそれだけで寂しさを感じるようでした



 わかりやすく口をとがらせて、ティルラちゃんが自分の言った事では元気にならなかった事を拗ねていたけど、あのくらいの年頃なら、姉や親から言われるよりも仲のいい相手が一緒にいる事の方が、元気になるもんだ。

 クレアとティルラちゃんの仲がいいのはわかっているけど、背伸びしたい年頃でもあるからな。

 恥ずかしそうにするクレアに、なんとなく面白いものを見れたと心の中でティルラちゃんに感謝。

 こういう表情は自分を律していたせいか、今まであまり見せてくれなかったからなぁ……役得な気分だ。


「でも、よく考えれば少し前と比べて、確かに少し寂しくなったかなぁ?」

「そうですね……お父様にアンネがいましたから。二人が騒がしかったのもあって、少し……ほんの少しだけ、食堂が静かに感じます」

「本当に少しだけなのかな?」

「もう、タクミさん……そこは気にしないでおくところですよ?」

「ははは……」


 豪快に食事をするエッケンハルトさん、シェリーを構ったりリーザを相手にしたりしていたアンネさんがいなくなり、食事をする際に食器の音が大きく聞こえるような気がして、思わず呟いた。

 クレアもそれは感じていたらしく、食堂内を見渡しながら少しというのを強調していた。

 相手が父親のエッケンハルトさんや、口喧嘩とまでは言わないけど、色々やり合っていたアンネさんが相手だから、素直に寂しいとは言えないのかもな。

 だが、それは俺やセバスチャンさんにとって、今はからかいの恰好の的……そっぽを向いて咎めるように言っていた。


 ちょっとした寂しさはあるけど、もう会えないわけでもないから、俺やクレアも寂しがり過ぎる必要はないよな。

 ……ちなみに、クレアの後ろで待機していたセバスチャンさんは、ニヤリと笑っているように見えた……俺がからかった方が、もしかしたらクレアの被害は少ないのかもしれない――。



「タクミ様、使用人達が最近、元気が良いのですが……」

「元気があるのはいい事なんじゃないですか?」

「それはそうなのですが……」


 ラーレが飛び去って数日、面接が近くなったある日、薬草を作っている俺にそっと接近したセバスチャンさんから、愚痴られるように話しかけられた。

 驚くので、気配を消して近付くのは止めて欲しい……いや、レオは気付いていたみたいだし、執事なら存在感を消す必要もある……ような気もするから、俺が気付かないのが悪いのかもしれないけど。

 でも、どうして使用人さん達の元気がいい事で、セバスチャンさんが愚痴を漏らす雰囲気になっているのかな? むしろ、歓迎すべきことのような気がするんだけど。


「元気が良すぎて、最近使用人達の失敗が多いような気がするのです」 

「失敗というと……ゲルダさんのような?」

「あれ程まででは、さすがに……」


 ゲルダさんのドジ属性はセバスチャンさんも知る所のようだ。

 まぁ、何もない所で転んだりするから、屋敷の人達全員が知っていてもおかしくないか。

 実は昨日も、レオを風呂に入れた際に風呂場で転んで、全身びしょ濡れになっていたっけ……豪快に滑ったのに、怪我がなかったのは幸いでもあり、凄い所でもある。

 ……見ているこっちは気が気じゃないけど。


「小さなミスが時折……ですかな。些細な事なので問題という問題ではないのですけど、いざという時に失敗しないかと、少々心配でしてな。これも、老婆心からなのでしょうけど」

「緊張感がない、とかそういう感じなんですかね?」

「それ程までとは思いませんが……なんというか張り切っていると言えばいいのか、少々やる気が空回り気味な者が多いように感じますな」

「やる気が……でも、なんで急にやる気を出したりしたんでしょうか? というか、なんでそれを俺に?」

「偶然、薬草作りに励んでいるタクミ様をお見かけしましたからな。あと、今日はライラなどお世話をする者が近くにいないようでしたので」


 偶然見かけたからって、わざわざ裏庭に来て愚痴らなくても……と思うが、今は一人で薬草作りをしていたから様子見という事でもあるのかもしれない。

 ちなみにライラさんとゲルダさんは、昨夜降った雨のせいでできていた水たまりに、リーザが突っ込んでしまったりレオが水遊びの要領でバシャバシャやってしまったため、濡れた上に泥だらけになったので、風呂場に行って汚れを落としている最中だ。

 遊びに夢中になって、被害を拡大させたレオを叱ろうかとも考えたが、昨日に引き続き風呂に入る事になってしょんぼりしていたので、反省はしているだろう。

 あと、作った薬草を摘んだりと手伝いをしてくれるミリナちゃんも、風呂の手伝いに行っている。


「やる気を出した理由としては、おそらくランジ村での薬草畑が原因かと考えています」

「薬草畑が? どうしてそれが、使用人さん達のやる気に繋がるんでしょうか?」


 ランジ村で薬草を作るとしても、使用人さん達のやる気に繋がるとは思えないんだけど……。


「以前見てもらった雇用者のリストに、屋敷の使用人もいましたでしょう? そこから、私を始めクレアお嬢様や旦那様も使用人からタクミ様に雇ってもらえるチャンスだと、考えている者が多いようです。つまりは、やる気を見せておけばタクミ様の目に留まり、雇ってもらえるかも……という事ですな」

「えーと……俺なんかが雇うよりも、公爵家に仕えていた方が安泰だと思うんですけど……」

「外から見たらそう感じるかもしれませんな。ですが、使用人というのはある程度自由が限られる仕事でもあります。休みの日は基本的に自由ですが、当屋敷は街から少々離れていますし、クレアお嬢様が屋敷を離れる際には、お供しなければなりません。その点、タクミ様に雇われれば、ランジ村という大きいとは言い難い場所でも、それなりに自由に過ごせますからな。不人気、とは言いませんが……意外と貴族に使える仕事は難しいのです」

「確かに、言われてみれば休日は自由と言われても、ラクトスまで行こうにも時間がかかりますし、屋敷にいる以上制限されている部分もありますね……」

「特に若い使用人は、屋敷の外に行きたがる事が多いですな。年を取れば、休日を落ち着いて過ごすのも良いと感じるのです」



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