第690話 不届き者はルグレッタさんにお任せしました



「……ルグレッタさん?」

「反省を促すため、もう少しこのままにしておきましょう。――タクミ殿、皆様、お騒がせしました。こちらは気にしなくて結構ですので、そのまま料理に集中して下さい」

「は、はぁ……」


 悲鳴が聞こえたので、何事かと振り返れば、いつのまにか近くまで来ていたユートさん達が、大量に積まれた薪代わりの枝に埋もれていた所だった。

 話を聞くに、つまみ食いに来たユートさんとエッケンハルトさんに対し、ルグレッタさんが枝を上から落としたようだけど……俺の身長よりもうず高く積まれた枝を、一体どうやって持って来たのか……。

 ルグレッタさんはエッケンハルトさんもいるとは気付いていなかったようだけど、あちらはあちらで、クレアが腰に手を当てて注意している。

 まぁ、怪我があるわけじゃないようだから、あちらは任せていて大丈夫か……関わったら料理どころじゃなくなりそうだしな。


 ユートさんは特殊な趣味だからいいとして、エッケンハルトさんも加わると、途端にイタズラ小僧っぽくなるのはどうしてなのか……童心に帰ると言えば聞こえはいいのかもしれないけど。

 昨日酔った振りをして、クレアや俺を煽ってきたのもそうだが、揃うと厄介だなぁ……レオやシェリーでさえちゃんと待ってくれているというのに……。

 ここにアンネさんがいないだけマシか、さすがに沙汰を受けたばかりなので、おとなしくしてくれているんだろう。

 つまみ食いをしようとした不届き者はクレアさん達に任せ、とにかく料理を早く終わらせようと、そちらに集中する事にした――。



「はぁ、ようやく終わった……皆さん、お疲れ様でした!」

「タクミ様も、お疲れ様です!」

「私達は、時折村ぐるみで料理をするので、ある程度慣れていますけど……タクミ様はつかれたでしょう?」

「ははは、まぁ……少しは? でも、鍛えているので、これくらいは大丈夫ですよ」

「さすがタクミ様ですね。うちの旦那にも見習ってほしいですよー!」


 料理を作り終え、全てを運び出してもらうのを確認しながら、簡易竈を消火して息を吐いた後、手伝ってくれた皆に声をかける。

 村では、俺が初めて来た時や今回のように全体で食事をする機会があって、さっきのような修羅場にも多少は慣れがあるらしい。

 見渡した皆の表情はやり遂げた後のようで、笑顔ばかりだ……うん、怪我をした人はいなさそうだな、良かった。

 肉体的にはそこまでではないけど、精神的な疲れを表に出さないようにしながら、少し強がってみせると、奥様方によるうちの旦那が……という愚痴に付き合わされそうになってしまう。


 ライラさんは最後の出来上がりを持って行ってくれたので、既にいなかったので、フォローしてくれる人はいなかったが、苦笑して話を合わせつつ、せっかく作った料理が冷めてはいけないと、リーザやロザリーちゃんを連れてなんとか離脱した。

 ……危なかった……あれに付き合っていたら、出来上がった料理なんてそっちのけで長くなりそうだったからな……。


「タクミさん、お疲れ様です」

「……お疲れー、タクミ君」

「……タクミ殿、感謝するぞ」

「ワフ! ワフ!」

「なんとか皆の分を用意できました。……二人程、疲労困憊に見えるんですけど?」


 大きめのテーブルを用意して座って待っていたクレア達の所に来ると、すぐに立ち上がって労ってくれた。

 先程ちょっとした騒ぎを起こした二人は、なぜか疲れた顔でテーブルに突っ伏している形だ。

 早く食べよう! と並べられたお皿を見ながら鳴くレオを撫でつつ、リーザを座らせながら話を聞く。


「お二人には、私からみっちりと注意をしておきました。タクミ殿や村の方々が皆のために、と料理をしてくれていたのに、余計な事をしようとしましたから」

「まったく、お父様は……どうせ、ユート様を誘ったのはお父様なのでしょう? タクミさんにもそうでした……」

「……クレア……その、誘ったのは私ではなく……」

「無駄だよハルト。罪を犯してしまった僕達に、弁解の余地はない……」


 いや、ユートさん……それ自分から誘ったのを隠したいだけよな? つまみ食いは行儀が悪いとは思うけど、罪を犯したとか、無駄に重くする必要はないと思う。


「……何はともあれだ、タクミ殿が折角用意してくれたのだから、冷めないうちに食べようではないか」


 言い訳は無駄だと考えたのか、話を逸らすように食事をするよう促すエッケンハルトさん。

 ジト目で見ていたクレアは、あきらめたように溜め息を吐いた。


「では、ユート様」

「うん。それじゃあ、頂こうか。……頂きます」

「頂きます」


 マナーとして、そのばで一番身分の高い人が食事を促すのだろう、エッケンハルトさんに言われて、ユートさんが皆に声をかけ、俺と同じように手を合わせた。

 こういうところを見ると、日本人なんだなぁと思う……リーザもなんだが、それは俺の真似をしているだけだからな。


「……私のだけ、少し形がいびつなような気がするのですけど?」


 各々ハンバーガーを掴んで口へ運んだり、切り分けたりしている中、自分の前にあるハンバーガーや別にしてお皿に乗っているハンバーグと付け合わせを見ながら、アンネさんが呟く。

 アンネさんは、昼前に沙汰を受けたのにもう元気そうだ、生来の性格か、それともクレアのフォローがきいたのかわからないが、落ち込んでなくて良かった……ある程度覚悟していた節もあるから、そのおかげもあるんだろうけど。


「あぁ、アンネさんのはリーザが作ったんですよ。二回目で慣れたとはいえ、焼くと少し不格好な形になりますね……」

「アンネお姉ちゃん、元気なかったから……食べて元気を出して欲しくて……ごめんなさい」


 リーザはその場にいなかったが、その後の落ち込んだアンネさんを見かけたらしく、いつものような元気がない事を気にしていた。

 いつもだったら、暇な時はリーザの尻尾や耳を触りに来たり、シェリーと戯れようとしたりするのに、それがなかったのも大きいんだろう……ティルラちゃんのような子供っぽい、とは思っていないぞ、うん。

 ともかく、アンネさんの様子を気にしたリーザが、美味しい物を食べたら元気が出るからと、頑張ってハンバーグの成形をしていた、もちろん焼いたのもリーザだ、ライラさんとロザリーちゃんが焼き加減を見てくれていたけど。

 さらに特別に、パンに挟んだり皿への盛り付けをしたりも担当してくれた、よっぽど心配だったらしい――。



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