第689話 料理作りが修羅場化しました



「こちら、焼きあがりました!」

「ありがとうございます。焼けた物は、こちらに持って来て下さい!」

「はい!」

「チーズや野菜、盛りつけました!」

「それじゃ、それは上にパンを乗せて出来上がりです!」

「野菜が足りません、チーズも!」

「すみません、野菜切り終わりました!」

「チーズの追加です!」

「あちらに持って行って下さい!」

「あぁ、リーザちゃん! 大丈夫!?」

「ちょっと熱かったー! けど大丈夫、頑張るー!」

「リーザ、遅いかもしれないけど、火傷には気を付けろよー!」

「わかった、パパー!」


 ハンバーグの成形は、確認作業で忙しかったのを除けば、のんびりとした雰囲気だった。

 それが一変したのは、焼き始めてから……焼いたハンバーグをパンに乗せ、さらにチーズや野菜、ソースをかけてパンを乗せて挟んだりするからだ。

 手順としては単純な作業だし、一つ一つは大変じゃないんだけど、村人全員に公爵家の面々と用意する数が多いから、手伝ってくれる人も含めて叫び合う程の忙しさとなっている。

 焼いている人は、焼き過ぎたり焦がしたりしないように注意しないといけないし、その後は冷めるまでに盛り付けを終わらせて運び出さないといけない。


 ハンバーガーなら多少冷めても大丈夫だろうけど、やっぱり食べるなら温かいうちに美味しく食べてもらいたいからな。

 ちなみに、運び出すのは屋敷の護衛さんが担当してくれている……屋敷のように運ぶためのワゴンがあるわけではなく、一度に多く運ぶ必要があるため、力のある人を求めたからだ。

 料理に参加しなかったヨハンナさんあたりは、両手にいくつものお皿を持って運んでいて、ファミレスのウェイトレスさながらの動きを見せてくれたのには驚いた。

 どこかでそんな経験があるんだろうか?


「タクミ様、火が弱まって来ました!」

「レオ……いえ、セバスチャンさんや執事さんに言って、薪代わりになる枝を持って来てもらって下さい!」

「わかりました!」


 火力はそこまで強くなくてもいいんだけど、さすがに火が燻るくらいではまずい。

 コンロと違って火力調整は難しいし、随時薪や枝などの燃える物を追加しないといけないのが難点だな……作る数が多いのと、手伝ってくれる人数も多いので、料理をしているのはもちろん外だ。

 屋敷の厨房にすら入りきらない程というのもあるし、村にはそもそもそれだけ大きな料理場がないからな。

 一応共同の料理場があるので、そちらも同時に使いつつ、新たに石を積んで簡易的な竈にして火を起こし、そこで焼く作業をする。


 村で余っている薪を少し分けてもらいながら、足りない分はレオやラーレにセバスチャンさん達と協力して持って、村の外から拾ってきてもらっている。

 料理が始まってから何度か往復してもらい、薪代わりの枝は用意してもらっているんだけど、火を使う場所が多くて足りなかったようなので、追加を頼むようお願いした。


「野菜を切る方は、怪我には気を付けて! 焦らず、確実にお願いします!」

「いつも家族へ料理を作って慣れているので、大丈夫です!」

「チーズは、ゆっくり溶かすくらいで! 温め過ぎると危険なので、気を付けて下さい!」

「はい!」


 包丁を使うため、焦って野菜を切ると手まで切ってしまうかもしれない、と思って注意したんだが、家族への料理で慣れているようで、応えてくれたふくよかな奥様が頼もしい……肝っ玉母ちゃんという言葉を思い出す。

 チーズの方は、焦げ付かないよう湯煎で溶かしてもらっているんだが、沸騰させるまで熱してしまうとハンバーグへかける際に火傷をしてしまう可能性があるので、やりすぎなように注意だ。

 落ち着いて料理ができる状況なら、問題にならない事も、これだけ忙しく修羅場化していると何が起きるかわからないため、注意し過ぎていけないという事はないだろう。

 美味しい物は食べたいが、誰かが怪我をしないようにする方が大事だからな。


「タクミ様、薪代わりの枝をお持ちしました! レオ様を始めとした方々が、待ち侘びている様子です!」

「ありがとうございます! 枝は竈担当の方へお願いします! レオは……もう少し待てと言っておいて下さい!」

「畏まりました!」


 執事さんが薪を抱えて持って来たついでに、レオがいる方の状況を伝えてくれる。

 多分、エッケンハルトさんやユートさん、シェリーも加わって催促されたんだろうけど、だからと言って作る速度が上がるわけじゃない。

 大量の料理を作る関係上、全てが出来上がるまで待っていたら、最初の方で作った物が冷めてしまうため、運ばれて行った物は子供達や犬達、村の大人達といった順番に決まっている。

 本来なら、身分の高い公爵家やユートさんが優先されるはずだけど、温かい料理を俺と……と言われたのでハンネスさんに言って最後にしてもらった。


「追加のハンバーグ、できました!」

「ありがとうございます! やるよー、リーザちゃん!」

「パパありがとー。――うん、頑張ろうロザリーお姉ちゃん!」

「ありがとうごます、タクミ様!」


 まだまだ足りなかったハンバーグの成形を、ある程度の数をこなして焼く担当の竈へと持って行く。

 ライラさん、ロザリーちゃん、リーザの三人が担当している竈から、早速お礼と一緒に手が伸びて来て、ハンバーグを焼いて行く。

 さっき悲鳴に近い声が聞こえたから、リーザが火傷していないか心配だったけど大丈夫そうだな、もしもの時はロエを栽培するか……。

 火傷程度でロエを……と思う人もいるかもしれないが、リーザは女の子だし火傷は痕が残りやすいからな。


「「ぎゃー!」」

「……閣下、匂いに釣られてつまみ食いなどという、行儀の悪い事をしようとするから、そうなるのです」

「いや、今ルグレッタが上から落としたよね!? 完全に狙ってたよね!?」

「まさか……私がそのような事を閣下にするわけがありません。さっさと脱け出して、おとなしくリーベルト卿と一緒に待ちましょう」

「そのリーベルト卿……ハルトも一緒に巻き込まれているんだけど……?」

「……」

「お父様、さすがにそれはどうなのでしょう? 私達は一度食べた事があるのですし、待っていればいいだけなのに……はぁ……」

「そうなのだがな? だが……こうまで美味しそうな匂いが来るだけだとな……すまない、手を貸してくれないか? ユート様と絡まって、中々抜け出せそうにない……」

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