第665話 女性が乱入して止めてくれました



「くの! この! くそう!」

「とにかく、あれを止めねばな。――閣下……そろそろ諦めてはいかがでしょうか?」

「む、聞いた事のある声。くぅ……せっかくシルバーフェンリルを見つけたというのに、負けを認めるのは……!」

「いえ、認める以前に、最初から負けています」

「なんと言う事を! 僕は絶対に負け……」

「ん?」

「ワウ?」

「いい加減にしてください閣下!」

「おふっ!」


 レオの前足で前に進む事すらできず、ジタバタと刀や腕を振り回しているだけの男性。

 その男性に、エッケンハルトさんが近付きながら声をかける……閣下?

 あー、目上の人にいう敬称で、そんな呼び方があったっけ、エッケンハルトさんより上の立場という人が少ないから、珍しくて思わず首を傾げてしまった。

 だが、エッケンハルトさんの声に反応はしても、ジタバタするのを止めない男性。


 すると横からツカツカと、これまた初めて見る女性が近付き、男性の頭をはたいて止めた。

 結構痛そうだったなぁ……というか、刀を持って暴れている男性に近寄るというのも、中々度胸がある人のようだ。


「失礼致しました、リーベルト卿。お久しぶりでございます」

「む、うむ。しかし相変わらずの扱いなのだな……閣下は大丈夫なのか?」

「これくらいしないと、閣下は止まりませんでしたから。丈夫なので問題はありません。このように扱われるのが閣下の好みなので」

「そ、そうか……」

「うぐぐ……丈夫って言われても、痛いんだよ? 好みなの確かだけどね、いてて……」

「閣下が、リーベルト卿の静止すら聞かなかったからです。悪いのは閣下です」

「そうだけどさー。まぁ、いいか……」


 いいのか……。

 あれだけ暴れていたのに、女性から厳しいツッコミをされただけでおとなしくなる男性。

 女性の方も、エッケンハルトさんと顔見知りだったようで、閣下と呼ばれる男性をはたき倒した後、声をかけながら礼をしていた。

 頭をはたかれ、地面に転がった男性は何処かを痛めた様子もなく、すんなり立ち上がる。


「やー、ごめんごめん。ちょっとシルバーフェンリルの気配を感じたら、いてもたってもいられなくなってねー」

「はぁ、閣下……レオ様が相手だったから良かったものを、他のシルバーフェンリルが相手だったら、反撃で命が危なかったのですよ?」

「それはそれ。どうせ僕は、余生を過ごしているようなものだからねぇ。やられても、志半ばというわけでもないから、いいんじゃない?」

「よくありませんよ、閣下。御身は一応国にとって重要なのですから、気軽に死んでもらっては困ります」

「一応って……中々ひどいね」

「ワウ……ワフ?」

「いやレオ、俺もどうしていいかわからないんだけどな?」


 頭を掻きながら、軽く謝る男性にエッケンハルトさんが溜め息を吐きながら、苦言を呈する。

 確かに、レオは人間相手には手加減をするし、基本的に強く反撃をしないから大丈夫だったが、これが他のシルバーフェンリルが全力で反撃した場合……思い浮かんだのは森でレオが倒したオークで、あれと似たような事になっていた可能性が高い。

 本人は生きる事に無頓着な様子を見せているし、レオが困った様子で前足を上げたまま、俺にどうしようかと顔を向けて鳴かれても、俺だってどうしていいかわからない。

 しかし……いつもは、クレアさんやセバスチャンさんが溜め息を吐く事が多いのに、今はエッケンハルトさんが溜め息を吐く側とは……ある意味一筋縄ではいかない人物なのかもしれないな。


 そのクレアさん達は、俺やレオと似たような感じでどうしたらいいのかわからないらしく、呆然としたままエッケンハルトさん達の様子を見ていた。

 まぁ、レオに突っかかって行ったと思ったら、エッケンハルトさんが静止の声をかけ、さらに女性が頭をはたいて止めるなんて状況、すぐに理解しろと言われても無理か。

 あと、エッケンハルトさんが閣下と言って、相手を上に見ている様子なのも一因か……ハンネスさんの話を聞いていた俺やセバスチャンさんならともかく、クレアさん達はこの男性がどういう人物なのか全くわからないだろうからなぁ。


「ん? もしかして君が、このシルバーフェンリルの飼い主かい?」

「え、あ……はぁ。一応?」

「ワフ!」


 こちらに背を向けていた男性が急にくるりと振り返ったのは、俺とレオが話していたのに気付いたからだろう。

 今のレオを相手に、飼い主というのは少し抵抗感があったんだが、とりあえず頷いておく。

 レオの方は、その通りだ! と言うようにはっきりと頷いて鳴いた……それで良かったんだな。


「そうかそうかぁ。いやぁすまない事をしたね。ちょっと興奮しちゃって……あぁ、シルバーフェンリルが嫌いだとか、どうにかしようなんて事は考えていないから安心して? 僕はユート、君は?」

「あ、タクミ……です。こいつはレオ」

「タクミ君ね、覚えた。それにしてもレオか……いい名前だなぁ。格好良いし、雄々しいって言うのかな? ぴったりだね!」

「ワウ!」


 軽薄な感じとはちょっと違うんだけど、明るく飄々と話す人のようで、王家というイメージやエッケンハルトさんのような少し尊大さを感じる喋り方ではないようで、親しみを感じる。

 まぁ、エッケンハルトさんの方は、威厳を出すためなのかなんなのか、わざとそういう話し方にしているようにも感じられるけど。

 ユートさん……様? は、レオの名前を聞いて笑みを浮かべ、褒めながら体を撫で始めた。

 さっきまでの様子はどこへ行ったのかわからなくなるくらいだが、敵意を隠している感じはしないし、レオも褒められて満足そうだからいいんだけど……。


「えっと、すみません。レオは雌で女の子なので、雄々しいというのはちょっと……」

「え、女の子? ……あー、うー……うん、とってもいい名前だね!」


 雄々しいという言い方が、レオにとっては誉め言葉になるのかもしれなくとも、ちょっと気になったので訂正だけはしておく。

 いっその事、ネーミングセンスがないと言われた方が楽だったと思えるくらい、空々しい誉め言葉に、内心落ち込む。

 自分で付けた名前だから、仕方ない事なんだけどな。

 だけどどうしてだろう……この世界に来て、レオが雌でもその名前で誰かから微妙な反応はされた事はないのに、この人だけは違った。

 なんというか、不思議な人だな……黒髪はライラさんもそうだし、珍しくないはずだけど、黒目というどこか懐かしさも感じる見た目だからなのかもしれない――。


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