第623話 ニックは嬉しそうでした



「して、そのお茶というのはここからどうするのですかな?」

「あ、えっと……ちょっと待って下さい。……よし、これをいつものお茶と同じようにするだけ、だったと思います」

「やはり、『雑草栽培』は便利ですな……ふむ、香ばしい香りがします」

「この香りが、タンポポ茶……ダンデリーオン茶の特徴ですね」


 健康に関して余計な事を考えている俺に、興味深そうにしながらダンデリーオンの根を見つめているセバスチャンさん。

 少し待ってもらって、根の一部に対して『雑草栽培』の状態変化を使用。

 すると、一瞬で乾燥されたうえで粉末になった。

 便利過ぎる程とも言えるが、手間が省けるのでついつい頼ってしまう。


 粉末になった根は、付いていた土すら混ざっていない乾燥した状態で、後は抽出するだけでお茶になるだろう。

 『雑草栽培』による、その植物が使える最適な状態になる効果だな。

 特に、俺がお茶として使用すると考えていたから、この状態になったのかもしれない。

 漢方にも使われるらしいから、元々乾燥した粉末状態が正しいのか? いや、あっちは根だけでなく全体を使うんだったか。


「それじゃあ、すみませんがこれを厨房に届けてくれますか? ヘレーナさんと約束しているので」

「畏まりました。タクミ様は、これからどうなさるのですかな?」

「俺は、このまま薬草作りをしますよ。ラクトス用の薬草とか、簡易薬草畑で試験的に栽培するのも作らないといけませんからね。まだ、森から帰って来て少ないままですし」

「そうですな。では、よろしくお願い致します」

「はい」


 持っていた紙に、粉末になったダンデリーオンを包み、セバスチャンさんに渡す。

 ヘレーナさんと話していたという事もあるが、厨房に持って行けば、ちゃんとお茶にしてくれるだろうからな。

 屋敷へと戻るセバスチャンさんを見送り、しばらく薬草作りに励んだ。

 中腰でいる事が多いから、ちょっと腰が痛い……腰痛が取れる薬草とかないかな?

 ……疲労回復とか、筋肉回復薬草で十分か。



「おぉ、アニキ! お久しぶりです!」

「ニック……久しぶり、という程でもない気がするが……」

「何を言うんですかい! アニキが危険な森へ行ってから数日……二日も合わなかったら久しぶりですぜ! それだけ、アニキと会うのを楽しみにしてるんですから!」

「えっと……まぁ、うん。わかったから……」


 薬草を作って処理をミリナちゃんに手伝ってもらい、ラクトス用の薬を作った後、俺達が森から帰ったとの報せが届いたらしく、ニックが屋敷を訪ねてきた。

 ラクトスに不足していた、薬草の補充が目的だろと思ったんだが……この様子を見るに、俺に合いに来たようでちょっと微妙。

 嫌がられるより、喜ばれた方がいいのは間違いないが、スキンヘッドの男に会うのを楽しみと言われてもなぁ……。

 そもそも俺より年上に見えるんだが、それでアニキと呼んでいていいのか? というのは、ニックがそれでいいようだから、気にしないでおこう。


「とりあえず、これがラクトスの薬草だ。カレスさんに渡してくれ」

「へい! この身に変えましても、お届けいたしやす!」

「危険な目に遭うようだったら、薬草を置いて逃げてもいいんだが……」

「何を仰るんですか! アニキの作った大切な薬草です、どんな目に遭おうと必ず届けますよ!」

「そ、そうか……。うん、頼む」


 これが、初めて……じゃないな、二度目に会った時俺の薬草を地面に散らばらせた人間が言っているというのは、おかしな話にも思えるな。


「アニキの薬草は、ラクトスでも評判が良くて、飛ぶように売れてます。カレスの旦那も、喜んでアニキには足を向けられないって言ってました」

「売ってくれるんだから、俺がカレスさんに感謝すべきだと思うが……そんなに評判なのか?」

「へい! ディームの野郎をとっ捕まえた事で、悪さをする奴らが減って、街では皆感謝してます。それに、スラムではレオ様を連れたアニキには、絶対逆らわないようにと言われ始めたようです」

「感謝はともかく、絶対逆らわないようにって……そこまで気にしなくても……」

「今まで悪さをしてた奴は、いずれアニキがレオ様を連れて粛清に来るって、怯えてますぜ? で、アニキ……粛清ってなんですか?」

「ニック……」


 薬草の品質は確かな物だと、セバスチャンさんだけでなく、長年商人をやって色々な物を見ているカレスさんにも認められている。

 『雑草栽培』というギフトを使っているのだから、当然とも言えるだろうが、自分で作った物が喜ばれるのは嬉しい。

 ニックの言うように、悪の親玉的なディームを捕まえた事で、悪事を働く人が減って喜ばれているのもまぁわかる。

 街の皆というのは、さすがにニックが大袈裟に言っているだけだろうけどな。


 だが、俺に逆らわないようにって……これじゃまるで、レオには絶対逆らえないフェンやリルルと似たような状況だ。

 ……フェンやリルルは、素直で悪い事なんてしないが……それはともかく。

 俺はえらそうにふんぞり返ろうとは思わないし、エッケンハルトさんのような公爵という権力も欲しいとは思わない。

 しずかに、ゆっくりのんびり暮らしたんだけなんだよなぁ。

 レオやリーザと一緒に、笑って過ごせたらそれで……とか考えながらも、ギフトという特別な能力を使っていたりもするけど。


 というかニック……粛清という言葉を知らないのか……スラム出身なため、勉学を習う機会がなかったためなんだろうなぁ。

 機会がなければ仕方のないと、簡単に意味を教えておいてやった。


「ありがとうございます! アニキのおかげで、勉強になりやした!」

「まぁ、わからない事があったら、教えるが……カレスさんにも教えてもらうといい。俺よりも、頼りになるんじゃないか?」

「そんな! アニキがこの世で一番頼りになる男の中の男ですぜ!?」

「いや……それは大袈裟だし、そんな事はないだろう……」


 俺よりも頼りになる男なんて、他にもいっぱいいるだろうに。

 商売を生業にしているカレスさんには、そちらの知識では敵わないだろうし、そもそもセバスチャン差にゃエッケンハルトさんだっているしな。

 公爵家という事もあって、ニックが気軽に頼れる相手じゃないが……。

 頼られるのは嬉しいが、俺だって知らない事は多いのだから、できれば他の人を頼って欲しいとも思うんだがなぁ――。



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