第592話 クレアさんと役割をわける事にしました



「タクミ様は、薬草畑の管理責任者として、主に薬草を作り薬にという部分を担当するのがよろしいかと。もちろん、畑そのものや雇った者達の事も見なければなりませんが……」

「はい、それでいいと思います」


 どちらかというと、俺は内向きの仕事をという事だな。

 まぁ、ここでレオの事がなくとも、いきなり外向きの交渉事を任されても困るんだけどな。

 一応外回りの仕事はやった事があるにはあるが、この世界ではどういった風に交渉するのか知らないし、情勢にも疎いから。

 そう考えると、クレアさんなら公爵家としての顔も持っているし、俺よりよっぽど世間の事を知っている。


 セバスチャンさんの提案は適材適所、正しい考えと言えるな。

 ……以前、その場の思い付きでクレアさんとの共同運営しようと提案した時の俺、グッジョブだ!


「雇う人員ですが、クレアお嬢様と一緒に外へと向かう者……これには、運搬を任せる者を雇うのも視野に入れましょう。タクミ様は薬草畑の管理にかかわる者を雇うのがよろしいでしょうな」

「そうね……私はタクミさんが作った薬草や薬を、他の村や街に届ける役目ね。公爵家の営んでいるお店がある場所以外では、代わりに販売をする店を見つけないといけないわね」

「そうですな。そのあたりは、一度カレスさんと相談するとよろしいかと思います」


 カレスさんなら、現在も公爵家のお店を任されている商人だ。

 公爵家ゆかりのお店なら、特に気にする必要はないだろうが、それ以外の場所では置いてもらえるよう交渉したり、定期的に運び込んだりと、色々話さないといけない事がある。

 これが、さっきから言っている交渉にかかわる事なんだろうが、前準備としてカレスさんから話を聞いておいて損はないだろう。


「えぇ、近いうちにラクトスへ行って相談させてもらうわ」

「俺には、相談相手とかはいない……ですかね?」


 それはともかく、クレアさんは薬草を売る事についてカレスさんに相談したらいいが、俺の場合は誰に聞いたらいいのだろうか?

 頼りになる人がいれば、嬉しいんだけどなぁ……。


「タクミ様は……そうですな、当分の間は私や雇う執事となるでしょうな。タクミ様のなされようとしている事は、前例なきもの。先駆者となる方に、適切な相談ができる人は少ないでしょうから」

「そうなんですか……」


 うぅむ……俺も誰かに相談したり頼りにしたりしたかった。

 セバスチャンさんが頼りにならないというわけじゃないぞ? むしろ頼りっぱなしだと思っているくらいだ。

 けど、やっぱりそういった専門の人に相談とかして、何か助言が欲しかったりもするんだよなぁ。

 まぁでも、『雑草栽培』という希少な能力を使っているから、仕方ないのか。


 前例なき事というのは、ギフトを使って薬草を大量生産するという試みだろうが……いささか大袈裟な気もするけどな。

 先駆者とかまで言われてしまうと、さらに……。

 誰かに称賛されたいがためとか、これで成り上がってやる! みたいな事を考えているわけじゃないから、畏れ多いというかなんというかだ。

 あ、そうだ……相談相手がいないと言っていたけど、こっちなら問題ないかな?


「えっと、薬草畑は畑として土地を使うので、農業に関して相談する相手というのはいないでしょうか?」

「そうですな、多少の事なら私も知識がありますが、専門的な事に関してはわかりませんからな。農業に関してでしたら、タクミ様に以前お渡しした、雇う人員をまとめた物の中にもいるはずです。もちろん、これからも人員についての募集は行いますので、そちらから目ぼしい人物を見つけて……とするのがよろしいかと」

「わかりました。俺の相談相手は雇う人の中から、ですね」

「タクミ様なら大丈夫かと存じますが、雇っているからと言って、余り無茶な事を言ってはなりませんよ?」

「はい、その辺りは十分にわかっています」


 上司が部下に無理難題を押し付けて……というのは、以前の仕事で十分過ぎる程経験した。

 部下を持つ事に不安はあるが、嫌な上司にならない方法ならよくわかる。

 ある意味、以前やっていた仕事の経験を生かすという事になるんだろうな。

 まぁ、部下から上司と、上司から部下というのは視点が違うから、絶対大丈夫と胸を張るのは難しいと思うが、嫌われる上司にならないように気を付けよう。


「タクミさんなら、きっと大丈夫です。ミリナちゃんもニックも、タクミさんを慕っているのは見ていてわかりますから」

「そうですな。使用人達への接し方もそうですが、誰かに無理難題を押し付けるような方ではありません。老婆心で忠告したつもりでしたが、蛇足でしたな」

「ははは……嫌われたりしないよう、頑張ります」


 クレアさんとセバスチャンは微笑んで、俺が部下に慕われるだろうと褒めてくれるのが面映ゆい。

 鼻の頭を指先でポリポリと掻きながら、笑って頑張る事を約束した。

 ……ミリナちゃんは、もっともらしい事を言ったら懐かれただけだし、ニックは雇って仕事を与えたら、喜ばれただけなんだがなぁ。

 使用人さん達、特にライラさんやゲルダさんに無理な事を言ったりしないのは、単純に使用人を使うという事に慣れていないからだろうし、人から頼まれた事は断れなかったりしたくせに、人に頼るのは苦手っていう性分なのもある。


 なんにせよ、二人からの信頼を裏切らないよう、雇う人達が不満を溜め込むような、肉体的にも精神的にも潰れてしまったりという事がないように気を付けよう。

 特にこの世界では、日本とかと違ってまだ未発達な部分がありそうだし、下で働く人達の地位が低いというか……身を粉にして働くのが当たり前、といった風な部分もありそうだからな。

 ……労働基準法とか、労働組合とかなさそうだしなぁ。

 日本でも、正しく機能していたり機能していなかったりだが。



「エッケンハルトさん、忙しかったのでは?」

「なに、構わんさ。やる事がないとは言わんが、こうして体を動かさないとなまってしまうからな……はっ!」

「はぁ……」

「ほら、タクミ殿もしっかり体を動かさないと、強くなれんぞ?」

「……そうですね」

「私も頑張ります! ラーレに呆れられないように!」


 セバスチャンさんやクレアさんとの話が終わり、昼食も終わって剣の鍛錬の時間となった――。



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