第570話 森の外へと出発しました



「ワオォォォォォォォン!!」

「ガオォォォォォォォン!!」

「キャオォォォォォォォン!!」

「キャゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」


 その後、落ち着いたフェンとリルルがこちらへ体を向け、レオやシェリーと一緒に遠吠えをする。

 フェンリルなりの、挨拶なんだろうな。

 狼や犬の遠吠えって、意思疎通だとかそういう意味があったりするはずだし。

 そうして、遠吠えも終わった後、レオへと一度頭を下げてフェンとリルルは森の奥へ駆けて行った――。


「少し、寂しいですね」

「そうですね……」

「キャウ!」

「……そうね、私にはシェリーがいるものね」

「ワフ」

「そうだな、俺にもレオがいるからな。寂しくなんてないぞ?」

「私もいるよ、パパー!」


 フェンとリルルを見送った後、名残惜しそうに森の奥を見つめながら、クレアさんがポツリと漏らす。

 数日間だけではあったが、レオとシェリーがいてくれたおかげで、フェンもリルルも結構馴染んでいた。

 皆、モコモコの毛を撫でたりして、撫でられていたフェン達も気持ち良さそうだったしな。

 拾った動物を野生に帰すというのは、こんな感覚なんだろうか……?


 クレアさんと一緒に川の向こうをを見つめていると、シェリーが自己主張するように鳴いて、クレアさんに鼻先を近付ける。

 自分がいるから寂しくない、と訴えたかったんだろう。

 頷いて、シェリーの体を優しく撫でるクレアさん。

 俺の方にもレオが鼻先を近付けてきたので、同じように頭や体を撫でておいた。

 乗っていたレオから降りてリーザも抱き着いて来たので、そちらも一緒にな。



「では、そろそろ出立しよう」

「畏まりました」

「はい、行きましょう」

「はい、お父様」

「また、あの森の中を歩くんですのね……」


 フェンリル達を見送った後は、俺達が森の外へと移動する番だ。

 エッケンハルトさんの言葉で、それぞれが荷物を持ち、森へと動き始める。

 アンネさんだけは、来た時と同じように森の中を移動すると考えて、げんなりした顔だが……。


「キィーー!」

「また後で会いましょー!」

「また後でねー!」

「キィー!」


 空を飛んで鳴くラーレを見上げて、ティルラちゃんとリーザが手を振りながら叫ぶ。

 ラーレは大きな鳥型の魔物だが、さすがに森の中を歩いて帰るのには不向きだったので、開けた場所まで飛んで移動だ。

 レオ程ではないにしろ、人間より大きな体を持っているからな……さすがに生い茂る木々の合間を縫って移動する程器用じゃない。

 ティルラちゃんを乗せて、空を飛ぶという案もあったんだが、一応森の中に来たのは鍛錬の意味合いもあるため、森から出るまでは自分の足で歩くという事になった。


 遠足は帰るまでが遠足……というわけではないだろうが、森の中を歩く事で体力を付けるためなんだろう……と考えておく事にした。

 ちなみに、報せのために先行して行ってくれた執事さんとフィリップさんには、事情を知らない人達へラーレの事も説明するように言ってある。

 森の中を歩くより、空から一直線に移動した方が早いのは当然だから、俺達が出て来るまでに到着した時、ラーレを見て他の人達が驚いたり怖がったりしたらいけないからな。



「ふんふんふーん……」

「ワフ、ワフ、ワフ~」

「リーザもレオも、機嫌良さそうだなぁ」


 来る時と同じように隊列を組んで森の中を移動し、外へと向かう。

 その途中で、上機嫌で鼻歌を歌うようにしながら、尻尾をフリフリしているリーザとレオ。

 レオは以前から、この森に来るとそうだったし、リーザを背中乗せているから機嫌がいいのはわかるけど……リーザもか?


「すっごく楽しかったからー。また来ようね、パパ!」

「ははは、そうか。楽しめたなら良かったよ。また、機会があれば一緒にな」

「ワフ!」

「もちろん、レオも一緒にな?」

「ママも一緒ー!」


 本来は楽しむ事が目的ではなく、俺やティルラちゃんの鍛錬……と言う名の実戦訓練だったんだが、リーザが楽しめたのなら俺も嬉しい。

 エッケンハルトさんと模擬戦をしたり、オークと戦ったりもしたが、リーザにとっては遠足気分で楽しめたようだ。

 フェンやリルル、ラーレといった出会いがあったのも大きいのかもしれない。

 思わぬ出会いは、最初は怖がっていたリーザの世界が、スラムという狭い世界に留まらず広がったのだと思う。


 また来たいと言っているから、レオとリーザでピクニック気分で来てもいいのかもな。

 ピクニックというには、魔物は出るし、木々が生い茂ってはいるが……。

 あ、その時はクレアさんとシェリーも一緒にだな。

 フェンやリルルも呼んで、皆で遊ぶのも悪くないかも。


 ……そうすると、準備をしたり使用人さん達も連れて来て……と、今回のように大掛かりになってしまうかもしれないが、それはそれで楽しそうだ。

 皆でいる楽しさというのも、あるだろうしな。


「はぁ……はぁ……やっぱり、疲れますわ……」

「慣れたと思っていたけど、やっぱり駄目だったのね……」

「それはそうですわ。はぁ……はぁ……森を抜けた後は、川辺にいただけですし……」

「それもそうね。でも、来る時よりは大丈夫そうじゃない?」

「私が……はぁ……はぁ……成長しないとでも? 数日前よりは、いくらかマシですわ……」

「いくらか、ね……まぁ、無理はしないようにね」

「平気そうな顔をしてよくもまぁ……はぁ……はぁ……私だけ疲れているのが憎らしいですが……はぁ……今は言っている余裕はありませんわね……」


 楽しく話している俺達の後ろでは、クレアさんとアンネさんが話していた。

 相変わらず体力がないというか、慣れない森の中を歩いて疲れ果てている様子のアンネさんと、クレアさんの呆れた声。

 とはいえそれでも、来る時とは違ってクレアさんに寄りかかったり、ほとんど話せない程息も切れ切れというわけではなさそうだから、大丈夫そうだな。

 川への移動で経験した事や、外で寝泊まりをしているうちに多少は慣れてきているんだろう。


 まぁ、人間の体力なんて数日で飛躍的に向上するわけではないし、運動とか苦手そうだから、慣れても疲れてしまうのは仕方がないんだろう。

 クレアさんの方は、以前この森へ来た時に随分と慣れたのもあって、平気そうだが……元々の体力差だな。

 エッケンハルトさんの娘だから、と考えると、細身で鍛錬をしていないクレアさんが平気そうなのも、納得できた。


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