第569話 フェンリルは強力な魔法が使えるようでした



「ガ、ガウ……?」

「ガウゥ……」


 クレアさんの質問も終えて、いざフェンとリルルが川の向こうへ帰ろうとした時、川の手前で前足を流れる水に恐る恐る触れさせながら、戸惑うフェンリル達。


「……そういえば、来る時は溺れてたな……」

「そうでしたね。どうしましょう?」

「ワフ……」

「レオ?」


 また川を渡ろうとしたら、溺れるようなもがいているような状態で渡らないといけない……と考えているようで、ちょっと及び腰のフェンリル達。

 かといって、俺達人間が運んで川を渡れるわけでもないし……飛べるラーレに運んでもらうのも、大きさを考えると無理そうだ。

 どうしようかと、クレアさん達と首を傾げながら顔を見合わせていると、レオが溜め息を吐きながら、背中にリーザを乗せて進み出た。


「ワウ! ガウガウ!」

「キャウン!? ガウガーウ!」

「キャン!? ガーウ……」

「レオ様が何かを言ったんでしょうけど、フェンリル達が何かに納得したような雰囲気ですね」

「えーと、魔法を使えと言っているみたいです」

「魔法を……? ですけど、飛んだり泳いだりするような魔法なのでしょうか?」


 進み出たレオは、後ろからフェンリル達に吠え、魔法を使えば簡単だろ! と発破をかけているようだった。

 レオに吠えられて、一瞬だけ体を竦ませたフェンリル達は、すぐに魔法があったかー……というような雰囲気で納得していた。

 だが、魔法を使ったところで溺れないようにして渡る方法なんてあるのだろうか?

 クレアさんと一緒に、不思議に思いつつもフェンリル達の方を見ていたら、すぐに答えは出た。


「ウゥゥゥ……ガウ!!」

「グルルル……ガァウ!!」


 フェンとリルルが、唸るようにして体に力を溜め始め、大きく吠える!

 なんとなく、少しだけだが魔力がわかるようになってきたなぁ……違和感のようなものがあるんだが、そこから魔法を発動させたのを見るに、これが魔力感知の初歩なんだろう。

 ともあれ、今は俺の感覚よりもフェンリル達の魔法だ。


「おぉー。すごいな……」

「これはまた……フェンリルが強力な魔法が使えるから……でしょうね」

「フェンリルは氷の魔法が使える……か。実際シェリーも使っていたが、成長するとここまでのものなのか」

「興味深いですな……」


 フェンとリルルは、夫婦らしく息を合わせて同時に魔法を発動。

 足元から地面が凍って行き、それはそのまま川へ到達。

 そして向こう岸までその氷が伝わって、橋が出来上がった。

 川の流れは完全に堰き止められていないように見えるから、表面にある程度分厚い氷を張ったんだろうと思う。


 思わず感心したような声を漏らす俺とクレアさん。

 さらに、少し後ろで見守っていたエッケンハルトさんとセバスチャンさんも声を上げていた。

 エッケンハルトさんはまだしも、セバスチャンさんは面白い物を見れたという感じだが……説明が好きだから知識を吸収する事に貪欲なのかもな。

 レオに乗っているリーザや、ラーレの所にいて少し離れているティルラちゃんは手を上げて喜んでいる様子だ。


「ガウゥ~」

「ガウガウ~」


 ちゃんと魔法で氷ができた事に、フェンもリルルも嬉しそうに声をあげていた。

 そのまま、二体は並んで氷の橋を渡り始める。

 ……氷で橋を作ったのは凄いと思うけど……それって。


「ガウ!? ガーウ……ガーウ……」

「キャゥーン」


 前足を乗せるまでは良かったんだが、後ろ足も乗せたあたりでフェンの様子が変わる。

 やっぱり、氷でできているから足が滑ってしまうようだ。

 爪もあるしなぁ……状況は違うが、室内犬とかってフローリングで滑ったりしないように、伸びた爪を切る必要があるくらいだからな。

 ツルツルと滑る氷の橋の上、フェンは足を滑らせながらも少しづつゆっくりと進んでいた……とりあえずは、バランスを崩したりしないようで良かった。


 走ったりしたら、すぐに川へと落ちてただろうな。

 リルルの方はというと、フェンとは違って滑る事を利用し、スケートのように滑って移動しながら楽しそうに鳴いていた。

 当然ながら、恐る恐る進むフェンより移動が早い。

 リルルの方が応用力というか、状況を利用するのが上手いようだ。


「キャゥ~……ガウゥ? ガウ。ガフフ……」


 馬ほどもある大きな体を滑らせて、すぐに川の向こうへと到達したリルルは足元を見て首を傾げ、遊びが終わった時のように残念そう鳴いた後、まだ滑るのに慣れていないフェンの方を振り返って、笑うように鳴く。

 それを見ていたフェンの方は挑発と受け取ったようで、リルルに追いつくように走り出そうと足を持ち上げた。


「あ……そんな事をすると……!」

「ガウガウ! ガ!? キャン……! ガボガボガボガボ……」

「やっぱり……」

「ワフ……」

「綺麗に滑りましたね……こちらへ来る時も同じように溺れていましたから、大丈夫なんでしょうけど……」

「キャゥ……キュゥキュゥ……」


 思わず声を出したが、時すでに遅し。

 走るために勢いよく力を込めた足を、氷に付けた途端……ツルッという音がこちらにまで聞こえてきそうな程、綺麗に滑ってバランスを崩した。

 慌てて他の足も使おうとするが、それがさらに滑ってというように、立て直す事なくフェンは体を横たえて氷の橋に倒れた後、体ごと滑って川へと落ちてしまう。

 俺の声と同時に、レオが溜め息を漏らし、クレアさんも苦笑いだ。


 抱かれているシェリーまでも溜め息を吐いている……どうしてこう、俺の周囲にいる娘を持つ父親は、時折こうして何かをやらかしてしまうのか……。

 リーザに情けない所を見せないためにも、俺は気を付けようと思う……そう考えたり、いいところを見せようとするのが、空回りするのかもしれないけども。

 ともかく、シェリーの言葉はわからずとも、何を言っているのかは雰囲気でわかった。

 多分、全く父さんは……といったような感じだろう……結構やれやれ仕方がない奴だ、みたいな感じが滲み出ていた。


 溺れているフェンリルを助ける事もできず見守っていると、なんとか溺れながらも向こうへと移動しているようで、しばらくしてようやく辿り着いていた。

 リルルの近くで、荒い息を吐いているようだが、最後の方はレオのような犬かきに近い形で動けていたから、何度か練習したら泳げるようになるかもしれないな。

 今度、この森に来て再会した時は、シェリーと一緒にレオに頼んで泳ぎを教えるのも面白いかもしれない……フェンやリルルが、恐怖症になっていなければ……だけどな――。



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