第551話 リーザが親フェンリル達を名付けました



 少しずつ傷を与えられていたオークは、怒りが頂点に達していたようで、足の健が斬られるまでに至ってもまだ、俺に向かって突進……もはやあれは体当たりのようなものだが……を当てようとしていた。

 結果として、足は動かないのに無理やり体を動かし、上半身で体当たりしようとしたため、ヘッドスライディングのような事になっていた。

 ……オークのヘッドスライディングというのは、さすがに初めて見たが……本物の野球であれをやられたら、守備についている人間は簡単に吹っ飛ぶだろうなぁ……いや、オークが野球とかありえないだろうが。

 ともあれ、そうして前のめりに倒れたオーク二体に、前後から俺とフィリップさんがかけ寄り、起き上がろうともがいている背中から、心臓をめがけて剣を突き入れて止め……というわけだ。

 ずっと走りっぱなしだった俺は、しばらく息を整える必要があったが、それでも怪我一つなく終わらせたのは上出来だろう。

 

「一つミスをしたら、怪我につながる可能性はあったが、二人共見事にオークを倒したな。……次は、タクミ殿とフィリップの役目を交代させるべきか?」

「さすがに、フィリップさんと同じような事を今すぐにというのは、難しいですね……」

「それもそうか。ついつい、次への要求をしてしまうな……まぁ、難しいとわかるだけでも結果は上々と言えるだろうな」


 フィリップさんの動きは、一見簡単そうに思えるが……実はそう簡単なものじゃないはずだ。

 オークが突進を止め、俺へ向かって方向を変えようとしているタイミングを見計らったり、足の健を狙う事もそうだが、無理そうなら傷を負わせるだけですぐに離脱。

 それも、自分へとオークが向かないように、大きく傷つける事はせずに……だ。

 多少手加減ができる程度では、そんな事はできないだろう。


 俺がやると、深く斬り過ぎてオークがこちらに向いてしまうだろう……それはそれで、オークの標的から外れた方がフォローに回ったりするのも、共闘と言えるんだろうがな。

 ともかく、タイミングを見計らったり、二体に対してほぼ同時に軽度の傷を負わせて離脱するという技術は、まだ俺にはないからな。

 これに関しては、実践でのぶっつけ本番よりも、鍛錬を積んでからの方がいいだろうと思う。

 失敗して、相方のフィリップさんに迷惑をかけてもいけないし、また怪我をしたら、クレアさんに怒られてしまいそうだ。

 ……リーザにも、心配をかけてしまうしな。


「ワフワフ」

「おっと……ありがとうな。大丈夫、無理はしないさ」


 クレアさんやリーザに心配を……と考えていたら、レオにも心配をかけてしまっていたようだ。

 俺が怪我なくオークを倒した事を喜んでいるように、鼻先を体に押し付けながら鳴いた。

 そうだな、レオに頼ってばかりなのもいけないが……無理をしないように気を付けないとな。

 お礼を言って、なだめるようにレオの顔を撫でてやった。


「パパ―、ママー!」

「お?」

「ワフ?」


 レオをしっかり撫でて満足させた後、次はティルラちゃんかシェリーが戦う番か……と話していたところで、リーザが俺とレオの事を呼びながら駆けてきた。

 その後ろには親フェンリル達もいるが、なぜだか少し恥ずかしそうにそっぽを向いている……どうしたんだ?


「見ててー」

「ん? あ、あぁ……」

「ワフゥ」


 俺とレオの前で止まったリーザは、すぐにフェンリル達の方へ体を反転させる。

 何かをするらしいが、一体何をするのか……。

 危ない事ではないだろうから、とりあえず見てみようとレオと一緒に頷く。

 周囲にいたエッケンハルトさんやフィリップさん、ティルラちゃんやクレアさん達も、何事かとリーザを見た。


「フェン!」

「ガウ!」

「リルル!」

「ガウゥ!」

「揃ってフェンリル!!」

「「ガウガーウ!!」」

「キャゥー!」


 リーザが右手を上げて、フェンと叫んだ後、父フェンリル吠えながら前足を上げて横を向きポーズを取る。

 さらに左手を上げて、リーザがリルルと叫ぶと、今度は母フェンリルが吠えて前足を上げて横を向く。

 父フェンリルと母フェンリルが、お互いの方を向いて前足を合わせ、空に向かって大きく吠えた。

 シェリーは、楽しそうにその足元を駆けて鳴いていた……。


「「「……」」」

「えーっと……?」

「ワフゥ?」


 それを見た俺達は、全員言葉をなくしていた。

 何やら離れた場所で親フェンリル達に対して、熱心に話していたと思ったら、こんな事を教え込んでいたのかリーザ……。

 掛け声一つでここまでできるのは、確かに芸としては凄いとは思うけどな。

 レオも、俺の隣で何してるの? とばかりに鳴いて首を傾げていた。


「ガウゥ……」

「ガフゥ……」


 俺達の微妙な視線に晒されたからか、親フェンリル二体はどちらも恥ずかしそうで目が泳いでいた。

 こちらに来る時、そっぽを向いていたのはこれがあったからか……。


「ね、パパ、ママ、かわいいでしょ!」

「え? あ、あぁ。そうだな、かわいいな!」

「ワ、ワフ……ワフワフ!」


 親フェンリルをそのままにし、楽しそうな笑顔でこちらを振り返るリーザ。

 そんな目を輝かせていたら、微妙な意見なんて出せないじゃないか……。

 レオも、俺に続いてちょっと焦ったように鳴いて何度も頷いていた。


「凄いですよリーザちゃん! フェンリルさん達にこんな事をさせられるなんて! 本当にかわいいですし!」

「でしょ、ティルラお姉ちゃん!」

「……」

「……ワフゥ」


 俺達より少し後ろにいたティルラちゃんが、リーザ同様に目を輝かせて褒めた。

 それに誇らしそうにするリーザだが……これ、かわいいでいいのだろうか?

 前足を上げた親フェンリル達は、恥ずかしそうなところとモコモコな毛並みなのを除けば、大きさも相俟って格好良く見える。

 前足を上げて後ろ足だけで立っているのは、威圧感もあるくらいだ。


 見方によっては、ちょっと歪なハート型に見えなくもないけど……。

 あ、後ろ足がプルプルしてるな……そろそろ、戻るように言ってもいいんじゃないか、リーザ?

 というか、これだけの事を短時間で親フェンリル達に教え込むのはすごいのは確かだ。

 もしかすると、獣人は獣型の魔物に対して、芸を仕込む才能があるのかもしれないな……いや、レオに服従しているからだろうけど。



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