第541話 フェンリル達の戦いを見学しました



「ガウッ!」

「ガウゥッ!」


 来た! とでも言うように、森へ向かって鳴くフェンリル達。

 それに合わせて、フィリップさんを始めとした護衛さんが、全力で……というより必死の形相で森を抜けてこちらへ走ってきた。

 その後ろからはオークの足音が……えっと……いくつだこれ?


「多過ぎません?」

「……そう思うが……フェンリル達は大丈夫そうだぞ?」

「確かに……」

「いっぱいだぁ……」

「ワフ」


 フィリップさん達の後ろからは、興奮した様子のオークが十匹、ドスドスと足音を立てながら追いかけて来ていた。

 数が数だからか、さすがにフィリップさん達も必死で逃げるよなぁ……と思いながら、横にいるエッケンハルトさんに聞く。

 だが、エッケンハルトさんに言われてフェンリル達を見ると、特に何も気にしていない様子だ。

 それどころか、意気込みはあれど余裕すら感じる雰囲気のような……?


 レオの背中に乗ったリーザは、大量のオークが来た事に感心するような声を上げている。

 レオはまぁ……余裕そうに鳴いているな。


「さて、この数をフェンリル達がどう戦うか、だな」

「はい。まぁ、シェリーの事を考えると、余裕そうではありますけどね」


 エッケンハルトさんと二人、フェンリルがどうするのかを見守る。

 レオは余裕そうで、リーザは期待するように目を輝かせている……ティルラちゃんも同じくだな。

 シェリーは、両親の勇姿を目に焼き付けようとしてか、ジッと真剣な様子でレオの頭の上に乗って見ているな。

 クレアさんはシェリーの両親だからか、少し心配そうな表情で、アンネさんは……こちらはリーザやティルラちゃんと同じように目を輝かせていた。


「ガウッ!」

「ガウゥッ!」

「キャゥー!」


 親フェンリル達は、シェリーにしっかり見ておけと言うように、ちらりと顔を振り向かせ、短く吠えた。

 それに応えるようにシェリーが吠えると同時、弾かれたようにオークへと向かって飛び出した!


「ギュオ!?」

「ガフゥ!」

「ガゥッ!」


 オーク達が親フェンリルが向かって来る事に気付いた時には、既に眼前に迫っており、まずは先頭にいた一体に、父フェンリルが首へと噛み付いた。

 さらに、そのままオークの体を咥えて持ち上げ、少し遅れて駆けていた母フェンリルの方へ放り投げる。

 すると、母フェンリルがタタッと飛び上がり、空中で放り投げられたオークの体を、右足にある鋭い爪で両断。

 その飛び上がった勢いのまま、オーク達の真ん中へと飛び込んだ。


 後は、ほとんど単純な蹂躙とも言える光景だった。

 オークがいくら腕を振り上げ、突進しようともフェンリル達に触れる事すらできず、代わりに牙を突き立てられ、爪で切り裂かれて行く。

 ものの数分程度で、十体はいたはずのオーク達は、息絶えて動く事がなくなった。


「ワオォォォォォォォォン!」

「ウォォォォォォォォォン!」

「キャゥゥゥゥゥゥゥゥン!」


 オーク達だった物が転がる惨状の中で、返り血すら浴びずに勝利した親フェンリル達が、空へと向かって大きく吠えた。

 それに応えるように、シェリーもレオの頭の上で空へと向かって吠える。

 勝利の遠吠えとか、狩りの終わりを告げる遠吠えってところかな?


「タクミ殿……どうしよう……」

「どうしたんですか、エッケンハルトさん?」


 遠吠えを聞きながら、戦闘の終了を感じていると、なぜか焦った様子のエッケンハルトさんが俺を見て声をかけてきた。

 今のフェンリル達の戦いで、焦る要素なんてあったかな?


「フェンリル達の動きが、ほとんどわからなかった……いや、牙や爪を使ってオークを圧倒したのはわかるのだがな?」

「エッケンハルトさんもですか……俺もです」

「フェンリルは危険な魔物であるとは知っていたが……これ程とはな……あれで魔法すら使っていないのだから、驚きだ」


 どうやらフェンリル達の戦いは、エッケンハルトさんの想像以上だったようだ。

 親フェンリル達がオークと戦っている時の動きは、遠目だからなんとか見えるくらいの速さで、リーザやシェリーとは一線を画す動きであるのは間違いない。

 リーザが戦う時のように、不思議な感覚がなかった事から、おそらく体を強化させるような魔法は使っておらず、フェンリル自体の身体能力の高さがうかがえる。

 というか、あれだけの巨体なのに、散々斬り裂いたりしておいて返り血すらほとんど浴びていないというのは、どういう動きをしたらできるのか見当もつかない。


 あらかじめ、オークの血が飛び散る方向を計算して……とかそういう事ではなさそうだ。

 なんとなくだが、ほとんど反射的にオークノ攻撃だけでなく返り血も避けていたような、そんな感じだ。

 レオは別格で、当然の事ながら返り血を浴びるような状況にすらならなかったが……。

 ちなみに俺とエッケンハルトさん以外の護衛さん達や、セバスチャンさんを始めとした使用人さん達も、フェンリルの戦いに驚いている様子だった。


 クレアさんは何事もなかった事にホッと息を吐き、リーザとティルラちゃんとアンネさんは、無邪気に喜んでいたけども。

 ……アンネさん、もしかしてリーザとかティルラちゃんと似たような精神年齢なのかな?


「ガウ!」

「ガウゥ!」

「ワウ!」


 ともあれ、愕然としながらフェンリルの戦いを思い返していると、狩りを終えたとばかりに親フェンリル達が戻ってきた。

 その口には、それぞれ噛み付いた程度で止めを差した、大きさが保たれているオークを咥えている。

 一番いい得物を、上位であるレオに献上とか、そういうつもりなんだろうな。

 オークを持ってきて、レオの前にお座りの体勢で整列したフェンリル達に、レオが応えるように鳴いて頷いた。


「キャゥー!」

「ガウガウ」

「ガウゥガウゥ」


 すぐにシェリーがレオの頭から、親フェンリル達の方へ飛んで、体にぶら下がったり、顔を寄せあったりして喜びを表現していた。

 親フェンリル達も、そんなシェリーを優しく受け止めている。

 なんというか、家族の団欒みたいな光景だ……すぐ近くに、オークが転がっていなければ……だけどな。



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