第540話 リーザの恐怖心を取り除く事に成功しました



「柔らかい……」

「だろう? ほら、こうして撫でてあげると、喜んでくれるぞ?」

「んー……こう?」

「ガフゥ……」

「気持ち良さそうだぞ?」


 父フェンリルのお腹の毛は、ふんわりと柔らかく、俺やリーザの手を優しく受け止める。

 リーザがその感触に驚いているうちに、撫で方を教えて真似をさせた。

 すぐに父フェンリルの口から、気持ち良さそうな声や息が漏れる。


「……大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ。何もされないだろ? ほら、今度はこっちだ」

「……うん」

「キャフゥ……」


 気持ち良さそうな父フェンリルの声を聞き、俺や父フェンリルの顔を行ったり来たりするリーザの視線。

 その窺うような視線と声に、大丈夫だと返しながら、今度は母フェンリルの方へリーザの手を持って行く。

 少しは安心しているのか、父フェンリルの時と違って、及び腰ではあるがしっかりと腕を伸ばして撫で始める。

 母フェンリルの方もおとなしくしてくれており、すぐにリーザと俺が撫でる気持ち良さに、声と息を漏らし始めた。


「な? 大丈夫だろ?」

「うん……本当だ……」

「ワフワフ」

「ママー、大丈夫だった! パパすごい!」


 ひとしきりリーザに撫でさせた後、顔を覗き込んで確認。

 リーザはさっきまで怖がっていたのに、今はもう怖さが抜けたようで、安心した表情のまま笑顔でゆっくりと頷いた。

 やっぱり、子供は慣れるのが早いな。

 ……ここにいる人達全員、慣れるのが早いきもするが……それは気にしないでおこう。

 多分、レオやシェリーと日頃接しているおかげもあるだろうしな。


 リーザはレオの鳴き声に反応して、そちらへ報告するため、嬉しそうに駆けて行った。

 残された俺は、おとなしくしてくれていた親フェンリル達に、お礼を言う代わりにしっかりとお腹を撫でておく。

 もちろん、シェリーも撫でて欲しそうにしていたので、同じく頭を撫でてやった。

 なんというか、相手がフェンリルで危険な魔物であるという事はわかっているんだが、気持ちとしては人懐っこい大型犬を相手にしている気分だな……。

 レオがいるおかげとか、シェリーがいるからとかっていう理由はあるんだろうけどな。


「ワウ!」

「ガウ!」

「ガウワウ!」

「にゃっ!」


 俺がお腹を撫で終わり、駆けて行ったリーザへ近寄ると、レオが親フェンリルに向けて吠える。

 それを受けて弾かれたように飛び上がり、ビシッという音がしそうな程の勢いでお座りをするフェンリル達。

 レオの一言で、整列をしたようだ。

 どうでもいいが、レオと言いフェンリルと言い、よく完全にお腹を見せている状態から飛び上がれるな……。


「ワウワウ、ガウ!」

「ガウ!? ガウガウ……スンスン……」

「ガフ!? ガフゥ……スンスン……」

「?」


 綺麗な姿勢でお座りしているフェンリル達に吠えた後、レオがリーザの襟元を咥えフェンリルの前に差し出した。

 傍から見ていると、獲物を捕まえてきたレオが、フェンリル達に上げるようにしているとも見えるが、そういうわけではないようだ。

 一度なれるたためにもう怖がる事はないのか、リーザの方は急にどうしたのかと問うように首を傾げている。

 親フェンリル達は一度驚いた後、頷いてリーザへと顔を近付けその匂いを嗅いでいる。


 リーザの匂いを覚えさせるため……かな?

 そう思ってレオに聞いてみると、リーザの事を敵として見ないために、匂いと姿を覚えさせたのだそうだ。

 俺の考えは当たっていたみたいだな。

 ちなみに、匂いを嗅ぐ前に驚いていたのは、リーザの事をレオが娘と言ったからだそうだ。


 シルバーフェンリルの娘という事と、どう見ても種族が違い過ぎるために驚いたらしいが、それも無理はないか。

 ともあれ、しっかりレオがリーザの事を娘として可愛がっているとわかった。

 近くでレオとフェンリル達の話を聞いていたリーザも、口から離された後は甘えるようにレオへと抱き着いて、ご満悦だ。

 うんうん、姿形は違えど、仲睦まじい母娘の図だな……見た目は大きな狼に抱き着く少女でしかないが……母娘の図だ、うん。



「タクミ殿……本来この時間は、タクミ殿とフィリップを組ませて、オークと戦ってみるという予定だったのだが……?」

「そうですよね……俺もそう考えていました。けど……フェンリル達がレオに戦う姿を見せたいらしくて……まぁ、シェリーへの見本となるから、いいのかもしれませんけど」

「……まぁ、貴重なフェンリルが戦う姿が見られると思えばいいか。それ以上の存在の、レオ様がオークを倒す姿は見ているがな」

「あはは……そうですね」


 フェンリル達がリーザの匂いを覚え、絶対に襲う事はないと誓うという場面の後、なぜかエッケンハルトさんと並んで森へと向いているフェンリル達の後ろ姿を眺める。

 レオに従う証拠というか、食べ物を貰ったお礼も含まれるという事で、フェンリル達がオークを狩ると言い出したんだ。

 義理堅いなと思うが、食べ物が関わっているので知性のある獣としては、そういう考えになるのかもしれない。

 何々の恩返しとか、昔話でも似たような話があるからな。


 それに、レオへの忠誠の証として獲物を献上という意味合いもあるらしいのと、シェリーにフェンリルとしての戦い方を教えるという事もあるらしい。

 本当なら、昼食を食べた後はフィリップさんと組んで、オークと二対二の戦闘を経験する予定だったんだが……これは明日になりそうだな。


「ワフ」

「ガウ!」

「ガウゥ!」


 レオが指示を出すように一言吠え、森の方からオークが近付いている事を伝える。

 それを受けて、親フェンリル二体が体勢を低くして身構え、いつでも飛びかかれるような体勢になった。

 ちなみにだが、今回もオークを連れて来るのはフィリップさん達の仕事となっている。

 森の中にオークを狩りに行こうとしたフェンリル達だが、どうせなら戦う姿を広くて視界のいい場所で見たいと、エッケンハルトさんやアンネさんから言われたからだ。


 確かにそれは見たいと思うが……それなら疑問を感じる素振りで俺に、なんでこうなったかを聞くのは止めて欲しい。

 それと、今回は護衛さん達全員でオークをおびき寄せる事になっていて、今までのように数を限定する事はなしにした。

 何体オークが来ても大丈夫なフェンリルが、やる気満々なのが原因ではあるが、念のために護衛さんをクレアさん達に付けないって……。

 皆、オークを倒す場面を見過ぎて、警戒心が薄れているんじゃないかな?


 と考えている俺自身も、レオやフェンリル達、シェリーがいる以外にもエッケンハルトさんや俺がいるから、もし他の方向から襲って来ても大丈夫だとは思っている。

 もしそんな事があっても、気配察知を強化されているレオが気付くだろうしなぁ――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る