第535話 シェリーに決断してもらいました



「……以前、森に来る前のシェリーは、屋敷に……というよりクレアさんと一緒にいるとは、言っていましたけど……」

「そうですね。それはもちろん嬉しかったのですが……実際に親と会うと考えが変わるかもしれません。シェリーはまだ、子供ですからね……」


 屋敷で聞いた時は、美味しい料理があるからとかいう理由を付けて、森へは戻らないと言っていたシェリー。

 だが、今も親フェンリル達の所で楽しそうにはしゃいでいるのを見ると、考えが変わっても仕方がないと思う。

 まだまだ子供だし、親といる喜びというのは、他では埋められないのかもしれないしな。

 ちょっとどころではなく、寂しそうな表情をしているクレアさんは、シェリーが帰る選択をするだろうと考えているようで、込み上げる何かを我慢するような雰囲気で、はしゃぐシェリーを見ていた――。



「レオ」

「ワフ?」

「シェリーと、フェンリルがどうするのか……話をしてくれるか?」

「ワフ」

「キュゥ?」


 クレアさん達との話しを終え、フェンリルを囲んでいたエッケンハルトさん達が落ち着いた頃、レオに声をかける。

 シェリーがどちらを選択するにせよ、一応、レオには間にいて欲しいからな。

 クレアさんは、はしゃぐシェリーの元へと行っている。

 シェリーは何となくいつもと少し様子が違うクレアさんの雰囲気を感じたのか、首を傾げていた。


「ワウ!」

「ガゥッ!」

「ガウワウ!」

「キャゥ!」


 レオの一吠えで、起き上がって整列する、フェンリル二体とシェリー。

 統率が取れてるなぁ……。

 シェリーはレオを見上げてお座りしているだけだが、フェンリルの二体はお座りの体勢で頭を垂れている。

 レオを見上げるのも畏れ多いといった雰囲気も感じるが……シェリーがレオに慣れ過ぎているんだろうな。


「ワフ?」

「クレアさん?」

「……はい、わかりました」


 フェンリル親子が並んでいるのを確認して、クレアさんへ首を傾げて鳴くレオ。

 俺も一緒にそちらへ視線を向けて、促すように声をかけた。

 返事をしたクレアさんは、先程までの寂しそうな、我慢しているような雰囲気はなく、何かを決意したような……振り切ろうとしているような雰囲気だ。

 俺やレオの前に進み、フェンリル親子の前に立つクレアさんは、意を決したように話しかけた。


「シェリー、結論を急ぐ必要はないのだけど……いえ、変に遠回りに言ってもいけないわね」

「キャゥ?」


 クレアさんはまず、シェリーに話し掛けたが、遠回しに言いそうになってかぶりを振った。

 先程よりもさらに様子が違うクレアさんを見て、シェリーは首を傾げていた。


「フェンリルは森に棲む魔物。シェリーはもしかしたら、親元で暮らした方がいいのかもしれないわ。けど、わたしたちは森の外に住む人間なの。今は一緒にいるけれど、すぐに別れなければいけないわ……」

「キャゥ……」


 シェリーに語り掛けるクレアさん。

 なとなく、何を言おうとしているのか察したシェリーは、少し元気のない声を出した。

 レオに乗っているリーザも含め、俺達人間や親フェンリル達も、それを固唾を飲んで見守っている。

 アンネさんすらも、何か言い出したりせず黙って見ていた。


「シェリー? 私は、シェリーが私と一緒にいたいと思うのであれば、歓迎するわ。でももし、親の元へ帰りたいと思うのなら、それを尊重して従魔契約を解こうとも考えているの」

「キュゥ……キュゥ……?」

「両方を選ぶ事はできないわ。私達はいずれ屋敷に帰るの。フェンリル達が森の奥へ帰るようにね。だからシェリー? あなたがどちらと一緒にいるのか、選ぶ必要があるのよ?」

「キュゥ……」


 クレアさんの話を聞いて、一度首を傾げたシェリー。

 多分だが、両方と一緒にいる事はできないのか、と聞いたのかもしれないな。

 それを否定して、どちらかを選ぶように促すクレアさん。

 森が移動する事はないから、クレアさんの方をシェリーが選んでも、またここに来て再会する事もできるし、レオを連れて来ればフェンリル達は気配がわかるようだから、親元へ帰っても、同様に会う事もできるだろう。


 けれど、常に一緒にいるのはどちらかしか選べない。

 まだ子供のシェリーには、この選択はやっぱり酷だったかな……?

 だが、クレアさんが従魔の主として勝手に決めたり、レオが決めても強制となるために、シェリーの意思を無視する事になるからな……難しい問題だ。

 なんにせよ、強制する事を望まず、シェリーの意思を尊重する事にしたのは、クレアさんらしいと思うし、応援したい。

 以前にも、公爵家は権力を使って強制する事を良しとしないって、俺を強めに森へと誘った事を公開してたくらいだしな。


「……今すぐ決めなくてもいいの。まだあと数日はこの森にいる予定なのだから。でも、私達が帰る前には、決めないといけないのよ……」

「キュゥ? キュゥ……」


 まだ俺達が森を離れるまでは時間がある。

 それでも今シェリーに話したのは、じっくり考えて結論を出して欲しいと考えたからだろうな。

 クレアさんの言葉を聞いて、首を傾げた後、考えるような仕草をしながら俯いて鳴くシェリー。

 やっぱり、すぐには決められないだろうな……森から出る時までに、決められたらいいんだが……。

 そう思っていたら、すぐに顔を上げたシェリーが駆けだした!


「キュゥー!」

「きゃっ! ……シェリー?」

「キャゥ、キュゥ!」


 お座りしていた場所から颯爽と駆けだしたシェリーは、そのままの勢いでクレアさんに飛びついた。

 急な事で、驚いて声を上げたクレアさんは、なんとかシェリーを受け止めた。

 そのまま腕に抱かれたシェリーは、クレアさんに甘えるようにしながら、胸に顔を埋めて鳴いて主張していた。


「……本当に、それでいいの……シェリー?」

「キャゥ!」


 クレアさんの問いかけに、大きく返事をするように鳴くシェリー。


「……クレアさん?」

「タクミさん……。シェリーが、一緒にいてくれるって……言ってくれましたぁ……」

「そうですか……良かったですね」

「はい……はい……」


 シェリーがなんて言っているのか俺にはわからないが、なんとなくどういう事なのかはわかる。

 返事の鳴き声を聞いたクレアさんは、肩を震わせるようにしていたので、後ろから声をかけると、振り向いた。

 クレアさんの表情は、嬉しそうに笑顔ではあったが、目は涙を湛えて今にもこぼれそうになっている。

 涙をこぼさないようにしながらも、シェリーが一緒にいる決断をしてくれた事に感激しているようだ。

 俺が笑顔で返すと、クレアさんは何度も何度も頷いていた――。


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