第534話 親フェンリルが来た訳を話しました



「それで、先程レオ様と話していた様子ですが、フェンリルはなんと?」

「どうしてこちらへと姿を現したか、とかでしたね」


 レオとフェンリルが話している間、ずっとリーザが通訳してくれていたから、助かった。

 俺はレオがなんて言っているのか、大体わかるし、シェリーはクレアさんがわかる。

 けど、フェンリル二体の方はリーザ以外にどういう事を言っているのかわからないからな。

 シェリーもそうだが、フェンリルはかなりの知性を持っているようで、仕草である程度伝えられるかもしれないが、それにも限界があるしな。

 そもそも、フェンリルと話せるレオとの会話を聞いて、リーザが通訳しただけだから、特に仕草とかはなかったし……ずっとお腹を出して、俺とクレアさんに撫でられていたしな。


「こちらに来た目的ですか……シェリーを迎えに来たとかですかな?」

「それも一つの理由だそうです。シェリーがオークと戦った時、魔法を使ったでしょう? それで、シェリーの気配がはっきりとわかって、様子を見に来たらしいんです。ですが……」

「他にも、何か?」

「元々、シェリーと同じように、俺達が森へと踏み込んだあたりから、レオの気配はわかっていたそうです。だから、フェンリルは逃げるというか、隠れるように森の奥へと引っ込んでいたらしいんです」


 レオの感覚は鋭いうえに、フェンリルよりも上らしい。

 だが、気配の大きさというか、存在感の大きさというか……ともかく、強者としての気配がフェンリルとは比べ物にならないそうだ。

 それ故に、レオからは離れているフェンリルの気配は探しにくく、フェンリルからはレオの気配がよくわかったとの事だ。


「元々、本能でシルバーフェンリルには服従するとレオは言っていましたが、まず遭遇しない限りは身を隠すんだそうです。なので今回も……多分前回も奥へと身を潜めて、見つからないようにしていたんでしょう」

「だから、前回来た時どれだけ探しても、フェンリルは見つからなかったのでしょうね。痕跡も見つからなかったのだから、見当違いの場所を探していたのかもしれませんけど」

「そうですね」

「成る程、そういう事でしたか」


 シルバーフェンリルが友好的とは限らないのだから、自分達が絶対に敵わない相手、服従しなければいけない相手が近付いてきたとあれば、まずは身を隠すのも無理はないな。

 もし見つかってしまえばそれまでだが、例えばシルバーフェンリルが好戦的な個体だった場合、フェンリル達の命が危ないのだから。

 まぁ、レオがフェンリルを狩り尽くすとかを考えているような、好戦的な性格ではないから、実際に遭遇してもフェンリル達への危険はないが、それはレオの事を知っているから考えられる事だ。

 フェンリル達にとって、レオが危険なのかそうでないのかまではわからないのだから、隠れてやり過ごそうと思ったんだろう。


 クレアさんの言うように、前回森の探索をした時に遭遇しなかったのは、それが原因だったのかもしれない。

 確かに痕跡は見つからなかったから、見当違いの場所を探していた可能性は高いけども。

 というより、シェリーを見つけたのは川の向こう側で、今回フェンリル二体が来たのも川の向こうである事からすると、フェンリルの住処は川を渡ってさらに森の奥へといった場所にあるんだろう。

 そりゃ、川の手前側……今いる方を奥まで行って探しても、見つからなかったのも当然だ。

 ある意味、好奇心で群れからはぐれたシェリーを発見できたのは、幸運だっただろう。


「レオの気配が去って行くまで、隠れたてやり過ごそうとしたフェンリルですが、シェリーの魔法により、よく知った気配に気付いたという事です。群れとしては、それでもシルバーフェンリルに自ら近付く事は危険だと、隠れたままだったらしいのですが……」

「シェリーの両親は、それを良しとしなかった……という事ですな」

「はい。ずっと行方不明……群れからはぐれて長い時間が経ち、森の中で気配を感じなくなっていたのに、急に見つかったと。なので、いてもたってもいられず、恐る恐るではありますが、シェリーとレオの気配のあるこちらへと近付いてきたらしいですね」

「成る程……確かに、ずっと行方知れずの娘が、そこにいると知ったら、親としては見過ごす事はできませんな」

「フェンリルは、シルバーフェンリルと一緒で、家族を大事にする種族なのですね」


 フェンリル達の事情を話すと、頷いて納得するセバスチャンさん。

 クレアさんも言っているが、フェンリル達は家族を大事にする種族であるのは間違いないと思う。

 群れとしては、生存本能のようなものが働いたり、全体が生き残る事が大事だから、シェリーの元へ行くのを反対されるのも理解できるしな。

 もしかすると、ある程度しっかりした知性がある種族は、魔物であっても家族を大事にするのかもしれない。


 オークは、そもそも家族という概念があるのかどうか知らないが、一緒にいる他のオークがやられても、ある程度怒ったりはするが、庇ったり守ったりする様子は今まで見た事がない。

 トロルドは……遭遇した回数がないから何とも言えないが……知性がある事で、種族として家族を大事にする意味を理解しているのかもしれないな。


「ふむ……それで、シェリーをフェンリルの親が迎えに来たのですが……どうなさいますか?」

「……」


 セバスチャンさんが考えるように言葉を投げかけたのは、クレアさんだ。

 それを聞いて、クレアさんは目を閉じてじっと考えている。

 家族を大事にする種族だし、レオがいても迎えに来るくらいなのだから、シェリーが親の元へ帰っても不幸になることはないだろう。

 むしろ、親と一緒にいる事の方が幸せになる可能性を感じるのは……俺が人間だからかもしれないな。


「……シェリーの意思を、尊重するわ。帰りたいと思うのであれば、親の元へ帰って平穏に暮らした方がいいと思うの。……ちょっと寂しいけれどね」

「そうですか……」


 悩んでいたクレアさんは、シェリーがどちらかを選ぶ事を尊重する事にしたようだ。

 従魔契約の主として、クレアさんが選択するのではなく、あくまでシェリーに決めさせるのはある意味残酷なのかもしれないが、それもシェリーの意思や考えを縛らないようにする、クレアさんなりの優しさなんだろう。

 シェリーはクレアさんを始め、屋敷の人達には随分と懐いていたから、離れるのは辛いかもしれない……。

 でも逆に、親と折角再開できたのにクレアさんと一緒にいる事を選んだら、またそちらとも別れる事になって辛くなる……どちらを選択しても、辛い事には変わりないか――。



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