第497話 ティルラちゃんに反省点を伝えました



「次に、ティルラだな。最初に、オークの振る腕を避けたのは見事だった。先程も言ったが、今だからできる事で、後々成長したら難しい事かもしれないが、その考えの柔軟性は評価すべきだと思う」

「はい! なんとか避けられました!」


 あれは、まだ身長が低いティルラちゃんだからこそできる事だったな。

 俺がやろうとしたら、屈みきれずにオークの腕にぶち当たってしまうか、避けようとして姿勢を低くし過ぎた挙句、体勢を崩してしまっていただろう。

 後者の場合、結局避けられても攻撃に転ずる事ができず、隙ができてしまってオークの次の攻撃に当たってしまう可能性が高いしな。


「……だが……最後の止め。あれは問題だな」


 オークを倒した直後は、ティルラちゃんの喜びに水を差さないようにするため、言わなかったようだが、反省会という事で言いにくそうだがエッケンハルトさんは注意する事にしたようだ。


「……動きが止まったから、と思ったんですけど……いけなかったのですか?」

「オークが痛みや驚きで動きを止めていたのだから、確かに続けて攻撃するのは良かったと思う。だが、止めを差すのであれば、確実な時にするべきだな。タクミ殿のように、倒れて立ち上がれないオークの背中に……とかだな」

「んー……」


 エッケンハルトさんから言われた事に、首を傾げてはっきりとは理解できない様子のティルラちゃん。

 俺やエッケンハルトさんは、遠くから見ていたから状況がよくわかったし、ティルラちゃんに剣を突き立てられたオークが、最後のあがきをしようとしていたのが見えた。

 だが、間近で深々と剣を突き刺していたティルラちゃんには、オークに残った左腕が振り上げられていたのが、視界に入っていなかったのかもしれない。

 近いからこそ、わからない事というのはあるからな。


「ティルラ、見えなかったのかもしれんが……ティルラが剣を突き立てた後のオークは、左腕を動かして、何かをしようとしていたのだ。息絶えるのが、もう少し遅ければ……もしかしたら殴られていたかもしれん。剣は深々と突き刺さっていたから、あまり大きな力ではなく、いずれ息絶えていただろうがな。それでも、無用な怪我を負う可能性は排除すべきだ」

「……はい」


 エッケンハルトさんの説明で、もう少し弱らせてから……せめて左腕の対処を考えるなり無力化するなりをしてから、止めを差す動きをするべきだったと気づき、反省するようにティルラちゃんは頷いた。

 真剣な戦闘に関する事だから、細かい事でも厳しくしないといけないのはわかるが、俺としてはティルラちゃんくらいの年齢で、ここまで戦ったり瞬時の判断ができるのは凄いと思う。

 俺の知っているこのくらいの年齢というのは、剣を持っての戦闘なんてできそうにないからな。

 まぁ、魔物が身近にいて、戦争もあるこの世界に生まれた子供だからこそ……なのかもしれないけどな。


「あと、運良く反撃されなかった後の事も、少々考え物だな」

「後の事……ですか? えっと、もしかしてオークと一緒に倒れた事でしょうか?」

「うむ。まぁ今回は一体だけを相手にしていた状況だから構わないが、複数を相手にしていた場合、あの瞬間は致命的な隙になるだろう」

「でも……力いっぱい剣を突き刺したので、抜けなかったんです……」


 さらに、エッケンハルトさんはオークが後ろに倒れた時、剣を持ったままだったティルラちゃんも一緒に倒れた時の事も注意する。

 確かに、周囲に他の魔物がいた場合、あのままだと袋叩きに合うような状況だったなぁ。

 今回は始めから一体を相手にすると決まっていたし、実際二体来た時もレオがフォローして一体を倒していたから、そういう事にはならなかった。

 それでも今それを注意するのはちょっと厳し過ぎる気もしたが、経験豊富なエッケンハルトさんから見れば、気になってしまったんだろう。


 あと、ティルラちゃんが娘だから、できるだけ危険な目に合わせないためと考えて、厳しくしている部分もあるのかもしれない。

 ……いや、これがフィリップさん達なら、もっと厳しく叱責されていたかもしれないか。

 ともかく、可愛い娘のティルラちゃんが危ない目にあったりしないように、と考えているのは間違いないだろうな。


「剣が抜けないのならば、手を離せば良かったのではないか?」

「でも……そうしたら武器が……」

「確かに武器がなければ戦えないだろう、特にティルラはまだ非力だからな。だが、武器というのはあくまで道具なのだ。自分の身が危険に晒される可能性があるのならば、それを大事にする必要はない。道具よりなにより、まずは自分の事の方が大事だからな。それこそ、もしもの場合は敵に武器を投げつけてでも、逃げる優先させないといけない時もあるかもしれん。……まぁ、これは極端な例だが」

「はい……」


 これに関しては、俺も同意するように頷く。

 以前、セバスチャンさんから魔法を教えてもらう時に、言われた事と似ている。

 負けない事……ひいては、自分の命を守る事を最優先にするための行動を考えて、実行する。

 そのためには、魔法で相手を怯ませて逃げたりする事も、武器を投げつけるという事と同じような事だろう。


 ティルラちゃんは、鍛錬をしているとはいえまだ子供。

 同年代よりは鍛えて力もあるのかもしれないが、それでも魔物や大人には敵わない事が多い。

 武器がなくなったらまともに戦えない事が考えられるため、剣から手を放すというのは一定以上の恐怖が伴うんだろうと思う。

 それでも、エッケンハルトさんは勝つ事だけでなく、自分を守る事も考えろ……と言っているのかもな。

 オークを倒した事を喜んでいたティルラちゃんだが、考えていたよりも反省点が多かったらしく、意気消沈したように頷いた。


「……まぁ、なんだ。注意すべき点はあったが、それでも初めてにしては上出来……いや、よくやったと思うぞ。初めての実戦というのは、緊張ばかりしてまともに動けないという者もいるが、そうではなかった。うむ、見事だったぞティルラ」


 確かにティルラちゃんは、今日実際にオークと戦うまで緊張しっぱなしだった。

 何度か緊張を解すように話したり、レオと遊ばせたりもしたが……その時は大丈夫でもしばらくするとまた、緊張していたから。

 でも、直前まで緊張していたにもかかわらず、実際に戦闘を開始すると驚く程しっかり動けていた。

 もしかすると、本番に強いタイプなのかもな……まだ幼いが、貴族家としての、人の上に立つ素質の片鱗のようなものかもしれない、というのは考え過ぎかな?



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