第483話 愚痴が聞かれていたようでした



「……タクミさんが私に相談……どんな事なんでしょう……? 相談、してくれるんですね……」


 右隣にいるレオの向こうでは、俺とエッケンハルトさんの会話を余所に、俺からの相談がなんなのかを考えて、首を傾げていたクレアさんは、少し嬉しそうだった。

 ……相談されて嬉しい、のかな?


「まぁ、俺の話はこれくらいで。今更ですけど、エッケンハルトさんとクレアさんは、どうしてここに? テントで寝られなかったんですか?」

「ん? 私は、特に用件などはないのだが、タクミ殿と話そうと思ってな。決して、テントの中が寂しくて出てきたわけじゃないぞ……?」

「テントの中には、フィリップさんがいるでしょうに……見張りに備えて寝てるんでしょうけど」

「私も、似たようなものですね。ティルラ達も寝ましたし、なんとなく話をしたいな……と。ふふふ、以前森の中に来た時と同じですね」


 特に話す事もなくなったところで、エッケンハルトさん達がわざわざ遅くまで起きて、テントを出て来た理由を聞く。

 二人共、特別何か用件があったわけではなく、話をしたいと思っただけのようだ。

 クレアさんはまだしも、エッケンハルトさんはテントにフィリップさんがいるのに、なんとなく寂しかったようだな……うん、ちょっと微妙な感覚。

 深夜に焚き火の前で、見張りをしていたら寝ているはずのクレアさんが……というのは、以前森へ入った時も同じだった。

 今回はエッケンハルトさんや、クレアさんの胸に顔を埋めて幸せそうに熟睡しているリーザもいて、人数が増えてるけども。


「ははは、そうですね。確かあの時は、セバスチャンさんから怒られて、謝るためでしたね?」

「もう、タクミさん。あの時の事はもう忘れて下さい……」

「なんだ? そんな事があったのか? クレアがセバスチャンに怒られるというのは、昔からよくある事だが……それでタクミ殿に謝るとな?」


 和んでいる俺から、怒られた事や謝った事を言われて、少し恥ずかしそうにするクレアさん。

 そんな俺達を見て、エッケンハルトさんが興味を持ったようだ。

 仕方ないので、森に入る時の事から、エッケンハルトさんに説明して聞かせた。


「ふむ、成る程な。確かに我が公爵家では、権力を前面に出して何かを強要するという事を良しとしていない。セバスチャンが怒るのももっともか」

「俺は、強要されたとまでは感じていなかったんですけどね? ……今考えれば、エッケンハルトさんの方が、強引な気がしますし」

「……そうか?」

「お父様は、権力こそ誇示したりはしませんが、大雑把で強引なんです……」

「なんだか、私が責められてるような気がするな……確かに、セバスチャンに小言を言われる事は多いが……」


 小言をよく言われてるのか……まぁ、俺と一緒にラクトスへ護衛も付けずに行ったのは、怒られてたんだろうけども。

 それに、今回森へ来る事に決めた時も、色々セバスチャンさんから言われてそうだ。

 セバスチャンさんの妥協点である、レオの同行が条件になったのは、エッケンハルトさんが意見を押し通した結果なんだろう。

 あの時はあまり強引に森へと言われなかったから、事前にセバスチャンさんから注意されてたんだろうな。


「セバスチャンは……もう少し私のやる事に寛容になってもいいと思うのだが」

「それは、お父様が影響を考えずに、突飛な行動を取るからでしょう? ……私も、時折注意されますが」

「ははは、セバスチャンさんも、二人の事を思って注意してくれるんですよ、きっと」

「ワフ……? ワゥ」


 セバスチャンさんに対する、愚痴モードになったエッケンハルトさん。

 クレアさんは、エッケンハルトさんに苦言を呈しながらも、同じように愚痴モードに。

 クレアさんの愚痴モードは、まだお見合い話をエッケンハルトさんが持ってくるのを止めてなかった頃

以来だから、少し懐かしい。

 思い出して、笑いながら二人にセバスチャンさんのフォローをしていると、隣にいるレオがふと顔を上げてテントの方へ視線を向けたが、すぐにまた顔を前足に乗せるように首を下げた。


 なんだ、何か察知したのか……と思って、愚痴を言い合っているクレアさんとエッケンハルトさんを余所に、レオが見た方へ視線をやった。

 ……成る程、そういう事ね。

 んーと……まぁ、いいか。

 悪いことにはならないだろうし。


「もう少し、セバスチャンは私に優しくしてもいいと思うんだがな? あいつは堅く考え過ぎる」

「そうですね。堅物なのがセバスチャンですけれど、もう少し融通を利かせて欲しいと思います」

「……ほぉ、そうですか……私は堅物で融通が効かないのですか。……これでも私なりに、旦那様やお嬢様方に、心安らかにお過ごし頂くよう努めておりますが……?」

「「っ!?」」

「……」


 エッケンハルトさんとクレアさんの愚痴合戦が、ヒートアップして行っている中、俺は目を閉じて心を静める。

 というより、諦めの境地というかなんというか……そろそろ悟りでも開けるかもしれない……無理か。

 目を閉じて黙っている俺と、右隣のレオは、我関せずといった雰囲気だ。

 リーザは、完全に寝入っているため、少しずつ声が大きくなって来た二人の声でも起きない……それだけ、クレアさんに抱き着いているのが気持ちいいんだろう。

 ……レオに抱き着くのと、どっちが気持ちいいのかな? なんて、ちょっと失礼な事を考えながら、目を閉じたままで現実逃避。


 少しして、エッケンハルトさんとクレアさんの意見が一致した頃、俺の後ろから不自然な程冷静な声が聞こえた。

 その声は、冷静でありながらも底冷えするような迫力のようなものが潜んでおり、愚痴を言わずに目を閉じて、心を落ち着けて備えていた俺ですら、背中に嫌な汗が流れてしまいそうな何かを感じた。

 目を閉じたままだからわからないが、エッケンハルトさんとクレアさんは直ちに話すのを止め、声にならない声のような……声が喉の奥に引っ込んでしまったような、そんな音が左右から聞こえた気がする。

 まぁ、二人は気付いてなかったようだからなぁ……俺とレオは気付けて良かったが……驚くのも仕方ないか……。



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