第481話 リーザの境遇を詳しく話しました



「それに……レオがいる場所は常に安全である事も、理由の一つでしょうね……」

「あら、タクミさんがいる事も大きいと思いますよ? 今は、私に抱き着いていますけど、タクミさんといると、リーザちゃんはいつも笑顔ですから」

「そうですか? んー、確かにそうかもしれませんね」

「ワフ」

「レオもそう思うか? ――ふむ、ちゃんと懐かれているようですね」

「うふふ、それは間違いないかと」

「うん? どういうことだ?」


 リーザを見ながら目を細める。

 レオがいる事の安心感も一つの理由だと思う……と言うより一番の理由じゃないかな?

 クレアさんは、リーザを起こさないよう小声になりながら、俺もいる事が理由の一つだと言ってくれた。

 考えてみれば、最初に会った時を除いて、俺と一緒にいる時のリーザはほとんど笑顔だ。

 それだけ懐いてくれて、一緒にいるのが楽しいと思ってくれるのなら、パパと呼ばれている甲斐があるな……レオも肯定するように小さく鳴いてくれたし。


 俺とレオ、クレアさんとで笑って話していると、エッケンハルトさんだけは蚊帳の外になり、首を傾げていた。

 そうか……状況の説明はしたけど、エッケンハルトさんにはラクトスで石を投げられた後、リーザが言っていたのを聞いていなかったな。

 本人から直接、スラムでの事や我慢してきた事を聞くのは、中々に切ない気分になったなぁ……。


「エッケンハルトさんも見て知っていると思いますけど、リーザはスラムでいじめられていましたよね?」

「うむ、そうだな。私とタクミ殿で助けに入ったのを覚えているぞ。……最終的にはレオ様の乱入だったが……」

「それは、リーザにとって日常茶飯事だったんですよ。スラムから出る事を知らず、ただ拾ってくれたお爺さんが亡くなってからは、一人でなんとか生きようとしていた。けど、スラムの人達は誰もやさしくしてくれない……それどころか、子供達はリーザをイジメる……」

「……そうだったな。他者を貶め、自分の地位を上げようとしても、結局自分が成長しなければ意味がないというのにな……」

「そうですね……まぁ、スラムの人達も、ディームに言われて生きるためにという理由もあったんでしょうけど。ともかく、リーザはお爺さんが亡くなってからは、ずっと一人ぼっちでした。誰も守ってはくれず、むしろいじめられる……そこでリーザが覚えたのは、とにかく我慢する事だったそうですよ?」

「我慢か……反抗はしなかったのか?」

「最初の頃はしていたのかもしれませんが……反抗したら、さらにひどいイジメをされていたそうです」


 エッケンハルトさんに説明しながら、リーザが寝ていて良かったと思う。

 こんな話を目の前でして、またスラムで一人だった時の事を思い出して欲しくないからな。

 リーザに寂しい思いや、悲しい思いはできるだけして欲しくない。

 さすがに無理な話ではあっても、できるだけ笑って楽しく過ごしてもらいたいもんだ。


「それは……容易に想像がつくな。自分より弱いと思っていた者が中途半端に反抗しても、さらなる反発となっただろう」

「はい。そのため、俺とエッケンハルトさんが初めて見つけた時のように、皆が疲れたり飽きて止めるまで、ひたすら我慢して耐えていたみたいです。……そういう事もあって、今までリーザには安心できる場所というのがなかったんです。スラムにいて住む家もなく、お腹が減ったり喉が渇いても、自分でなんとかしなきゃいけない。だけど誰かに見つかったらイジメられるかもしれない、と。」


 さすがに、スラムに住む全員がリーザをイジメていたわけではないだろう。

 ディームは主に子供達に命令していたみたいだしな。

 スラムの中は、結構な人がいて、完全に身を隠す場所は少なく見えたし、誰もいないような空き家はディームが隠れ家のように使っていた。

 その状態で、大人達も加わってディームに言われる通りにイジメていたら、リーザは今頃生きていなかったかもしれない。


 獣人だとか人間だとか関係なく、まだ幼いリーザには精神的にもそうだが、肉体的に耐えられなかっただろうしな。

 まぁ……殺してしまったら、隠す手間や衛兵さん達が動く可能性があるだろうし、次の標的が自分になるかも……という恐怖で、直接武器を使って傷付けるような事はしなかったみたいだが。

 ……それでも、説明したり想像するだけで、黒い感情が沸々と湧き上がって来そうになる。


「グルルルル……」

「……レオ、もう以前の事だぞ。抑えよう? これからは、リーザが笑って過ごせるようにしたらいいんだからな? 元凶のディームは捕まったんだし」


 右隣で、顔を上げて俺の話を聞いていたレオが、牙を剥きだしにして唸っていた。

 気持ちはわかるが、抑えような?

 クレアさんはともかく、エッケンハルトさんが少し引いてるから……。


「ウゥゥゥゥ……ワウ……」

「いやいや、もっと痛めつけておけば良かったって……それは思わなくもないけど、あれで十分だろう?」


 俺の言葉で、怒りを収めたレオが、ポツリと呟くように鳴く。

 ディームに対して、もっと痛めつける事をやっておけば良かったと言ってるようだが、さすがにあれ以上は死んでしまう可能性があったからな。

 すでに俺の刀で腹を切られてたし、レオの体重が乗っかって身動きが取れない状態だったしなぁ……あれ、結構痛かったんじゃないだろうか?

 骨が軋むような音が、微かに聞こえてた気がしたし。


 ああいう奴に、情けをかける必要はないとも思うが、罰したりして実際に何かをするのは、俺やレオの仕事じゃない。

 そこは衛兵さん達や、街や国の機関に任せるべきだと思う。

 幸いにもエッケンハルトさんという、信頼できる統治者側の人とも知り合いなんだし、頼んでおけばしっかりやってくれるはず。

 ……時折、色々と大丈夫かな? と思う人ではあるが、セバスチャンさんも含めて、有能な使用人さん達を抱えている事だしな。

 

「そうか……常にリーザは、安全と思える場所にいなかったのだな。だから、タクミ殿やレオ様と一緒にいる事で、安心していられるというわけか」

「多分ですが、そういう事なんじゃないかと。だからリーザにとって、魔物が出る森というのは関係ないんでしょうね。今までも危険な場所にいたけど、俺やレオ……多分レオがいる事が一番大きいと思いますが……一緒にいてもイジメたりしないと。お爺さんが亡くなって、初めてリーザにできた安心できる場所なのかもしれません」

「成る程な……ふむ……そうか……」



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