第474話 川へ向かって移動を開始しました



「本当ですよ。クレアさんは、本当に誰かが困る事をする人ではありませんしね」


 なんだろうな……森へ行くと言った時からだが、クレアさんがいつもと少し違う気がする……。

 もしかするとこれは、裏庭でのんびりしていた時、二人で話した事が原因なのかもしれない。

 いつも自分を厳しく律していたクレアさんが、俺の言葉である程度自由に解放されたという事なのかも?

 まさか、俺をからかうような仕草をするとは思わなかったが、これはこれで、魅力的だと思える俺がいるので、止めてとも言えない。


「ニヤニヤ……」

「はっ! エッケンハルトさん!?」

「おっと、気付いたか。昼食ができたらしいぞ。二人で楽しんでいる所、邪魔してすまないな」

「ライラに感謝ですね。さ、タクミさん、行きましょう」

「あ、はい……」


 クレアさんと話しながら、その表情や視線を見ていた俺は、近くで何やら不穏な気配を感じた。

 ハッとなってそちらを見ると、エッケンハルトさんが一人でこちらを見て、ニヤニヤと微妙な笑顔をしている。

 いつの間にか見られてたらしいが……どこまで会話を聞かれたんだろう?

 聞かれて不味い事は話していないが、なんとなく恥ずかしい。


 そのエッケンハルトさんは、俺に気付かれてもニヤニヤ笑いを止める事なく、昼食ができたと伝えられた。

 どうやら、離れた場所にいた俺とクレアさんを呼びに来たらしい。

 謝るくらいだったら、もっと悪びれて欲しいと思うが、エッケンハルトさんだからな……もはや仕方ないと思うしかない。

 これは、クレアさんからお咎めが……と頭に浮かんだが、肝心のクレアさんの方は気にした様子もなく、サッと俺の手を取って焚き火がある方へと引っ張った。


 気にしていないのかな? と思ったが、引っ張られてついて行く途中、チラッと見えた横顔が赤かったから、何ともないわけではなかったようだ。

 こういった表情を近くで見れて、なんとなく得した気分に浸りながら、レオ達の待つ場所へと向かった。


 ライラさんやメイドさん達が作ってくれた料理を食べる直前、リーザから俺が何故笑ってるのか聞かれたが、俺自身よくわからなかったため、誤魔化しておく。

 ……クレアさんと話したり、珍しい表情や仕草を見れたから、無意識のうちにでも笑ってたんだろうか?

 火を付けてくれたお礼と、ライラさんから焼いたソーセージをもらいながらレオが溜め息を吐いた気がしたが、そちらは聞かなかった事にした。



「では、後の事は頼みましたよ」

「行ってくるぞ」

「「はっ!」」

「「お任せ下さい」」


 昼食を皆で頂いた後、簡単に片づけをして森の中に入る準備を整える。

 焚き火はここに残る護衛さん達のために、そのままにしておいて、使った食器やらを片付け、森に入る人達で荷物を分けて持つ。

 全員の準備が整った事を確認し、セバスチャンさんが残る人達に声をかけ、エッケンハルトさんが続いて声をかけた。

 この場に残るのは、護衛さん二人と執事さん一人、メイドさんが一人だ。


 しばらく馬を休ませた後、一旦屋敷へと戻るメンバーだな。

 馬の数が多く、馬車も数台あるため、少数ではあるが四人残る事になったようだ。

 護衛さんが短く答え、執事さんとメイドさんが、深々とお辞儀して見送られ、俺達は森の中へと足を進めた――。



「大丈夫か、ティルラ?」

「はい、まだまだ大丈夫です!」


 森の中を歩きながら、隣にいるティルラちゃんに声をかけるエッケンハルトさん。

 初めて森を歩くティルラちゃんを、気遣っているんだろう。

 以前も野営をした場所を目指して移動している俺達は、以前もここへ来た経験のあるフィリップさんとニコラさんを先頭に進む。

 二人は抜き身の剣を持ち、進行に邪魔そうな木の枝や葉っぱ、地面から伸びる草や蔦を切りながら露払いを担当。

 後続の皆が歩きやすいようにだな。


 フィリップさん達の後ろは、セバスチャンさんともう一人の執事さんが、同じように短めの剣を持って残った草や蔦の露払いをしている。

 さらにその後ろに、エッケンハルトさんとティルラちゃんが続き、クレアさんとアンネさんにヨハンナさんとライラさんが付いている形だ。

 クレアさん達の後ろが、レオに乗ったリーザとその右横に俺で、最後尾はメイドさんと護衛さんになっている。

 ちなみにシェリーは、クレアさんとレオの間で地面をとぼとぼ歩いてる。

 もう森の中だからか、レオに乗ったり、誰かに抱かれるのではなく、自力で歩いて運動を……という事らしい。


「……なんだか、懐かしい匂いな気がするー」

「ワフワフ」

「初めてだけど、何か感じるものでもあるのかもな」


 レオの背中に乗ったリーザは、鼻をスンスン鳴らして、森の中に充満する木々の香りを嗅いでいる。

 獣人って、聴覚は人間より良さそうだが、嗅覚はどうなんだろうな?

 レオやシェリーが鋭いのはわかるが……人間の鼻と同じ物を持ってるリーザは、人間より鋭いのかどうか。

 それに森で感じる匂いが懐かしいっていうのは……多分獣人だからという事が大きい気がするな。


 狩猟をしてきた種族らしいから、本能的にだったり、森に親和性があったりしても驚かない。

 レオの方も、以前来た時と同じように、ゆらゆら尻尾を揺らして上機嫌だ。

 ここがフェンリルの森だからなのか、普通の森でもこうなのかはわからないが、気分良く進めているのはいい事だ。

 ……シェリーは、あまり喜んでない様子だけどな……レオからの特訓があるから、というのが原因だろう。


「……これだけ木々が密集していると、暗くなるんですね……」

「そうだな。だが、セバスチャンから聞いた話によると、森の奥はさらに暗いらしいぞ?」

「暗かったら、何も見えません……」

「そういう時に、魔法を使うんだ。まぁ、松明でもいいのだがな。魔法なら、魔力さえあればずっと明かりを灯す事ができる」


 クレアさんやアンネさん達の向こうで、エッケンハルトさんとティルラちゃんが話す声が聞こえる。

 初めての森の中で、木々や葉が日の光を遮っているため、暗くなっている事を珍しく感じてるみたいだ。

 とはいえ、エッケンハルトさんの言うように、シェリーを発見した森の奥と比べると、まだ明るい方だ。

 足元も見えるしな。


 それにしても、クレアさんが初めて森の中を移動した時は、すぐに疲れを見せていたのに、ティルラちゃんの方はそれがない。

 初めての森という事で、興奮状態な事もあるだろうが、毎日剣の鍛錬で体を鍛えてるからというのが大きいんだろう。

 俺も鍛錬のおかげで、以前来た時よりも疲れを感じていない。



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