第443話 クレアさんには家事を習う時間がないようでした



 クレアさんも一緒にランジ村へ行くとして、セバスチャンさんが以前言っていたが、定期的に屋敷へ戻ってやらなければいけない事もある。

 そのための効率化も考えないといけないはずだし……クレアさんが、家事をしっかり習う時間があるとは思えない。

 数分から一時間程度は、時間が空く事もあるだろうし、毎日忙しくて暇が全くないというわけではないとは思うが……ちょっとした時間だけで、今まで一切家事のしてこなかったクレアさんが身に付けられるかどうか。

 クレアさんにも休憩時間は必要だし……。

 家事が得意不得意とか、そういう話ではなく、習っている時間がないという意味で、無理だと思った。


「すみません、クレアさん。クレアさんが悪いわけではなく、そのための時間が足りないのではないかと思ったんです」

「……はい、理由を聞いた今ならわかります。けど……私もタクミさんに料理を食べて欲しかったんです……」

「え?」

「いえ、なんでもありません……」

「クレア、その事は今後の課題だな。なに、そのうちじっくり習う時間もできるだろう。その時のために、知識だけでも蓄えておけ」

「わかりました、お父様」


 謝りつつ、クレアさんが悪いわけではない事も伝える。

 俺とエッケンハルトさんの言い方はきつかったかもしれないが、クレアさんはわかってくれたようで、納得したように頷いてくれた。

 その後、何か小さく呟いたようだが、俺にはよく聞こえなかった。

 隣にいたエッケンハルトさんには聞こえたみたいだが……何だったのか?


「えーと?」

「おっと、すまないな。とにかく、タクミ殿やレオ様の住む場所は、こちらで用意するつもりだ」

「はぁ……」


 何がなんだかわからず、戸惑っている様子のハンネスさんに気付き、エッケンハルトさんが謝る。

 ともあれ、薬草畑を作る事を、ハンネスさんが許可したら、俺やレオ、クレアさんの住む家が公爵家によって作る事が決定してしまった。

 ……あれ?

 大き過ぎる事になるかもしれない家と、その費用をどうにかしようとしてたはずなのに、いつの間にかクレアさんの話で終わってしまった!

 これが公爵家当主様の、交渉術か!?

 絶対違うな……。


 ともかく、この事は後でエッケンハルトさんと詳しく話す必要がありそうだ。

 セバスチャンさんもいてくれれば、良識ある意見でまとまってくれると思う。

 ……セバスチャンさんが、エッケンハルトさんの味方に付かなければ……だけどな。


「タクミ様とレオ様が住まわれる場所の用意はするという事は、わかりました。ですがその……クレア様もというのは、どういうことなのでしょう?」


 住む家をどうするのかは、ハンネスさんも理解して頷いたが、クレアさんも一緒という事が気になったようだ。

 まだ説明してなかったからな、仕方ない。


「ランジ村で薬草畑を作るというのは、主にタクミ殿がやる事なのだが……タクミ殿の要請でな、クレアも運営に関わる事になった。正確には、共同運営という事だな」

「そうなのですか?」

「はい。私もタクミさんと同様に、薬草を作り、ランジ村……ひいては領内、公爵家への貢献をしたいお考えています」


 エッケンハルトさんが説明すると、クレアさんへと顔を向けるハンネスさん。

 クレアさんは頷き、俺と共同で運営し、それをもって貢献をすると言ってくれる。

 さっきまで、俺とエッケンハルトさんに、家事はできないと言われて取り乱してた姿から切り替え、毅然としている。

 こういう切り替えの早さは、さすがだなぁ。


「という事は、薬草畑を運営するのは、公爵家主導という事でよろしいのでしょうか?」

「いや、あくでタクミ殿が主導だな。公爵家はその補助をと考えている。対外的な事はクレアが担当し、薬草を実際に作ったり畑を管理するのは、タクミ殿となるだろう。立場的に公爵家主導と見られるのは仕方ないがな」

「対外的に……というのはどのような事でしょう?」

「作った薬草を、他の街や村に卸したり、売ってもらえる店を探したり……だな。本来薬草は数が多くないため、公爵家がやっている店に卸すだけで済むのだが……タクミ殿の薬草は特別でな。大量に作る事ができる。効果の程は、村長が目にした通りだ」


 早い話が、俺は畑の事や薬草を作る事、それにかかわる人達の管理をして、しっかりした物を作る。

 クレアさんは他の街や村の商店に働きかけて、良質な薬草を販売しないかと持ち掛ける……いわば営業のような感じ……かな?

 伝手もないし、ラクトスやランジ村以外の場所をよく知らない俺にとって、それはとてもありがたい事に思えた。

 どれだけ質の良い物を多く作っても、営業をかけていかないとどうしようもないからな。

 ……働き始めた頃、俺の指導にあたった先輩に、耳にタコができる程聞かされた事だ。

 まぁ、もちろん他にも細々とした事がいっぱいあるが、それは割愛しておこう。


「はい。タクミ様の薬草は、瞬く間に村に蔓延した病を駆逐致しました。品質を疑う事はありません。ですが……本当にそれだけの量を作る事ができるのでしょうか……?」


 ハンネスさんの疑問はもっともだ。

 薬草は畑を作って大規模に栽培する事はないようで、領内の薬草を賄う事はできそうにないと思える。

 薬師の人など、詳しい人が森に入ったり、山に行ってわざわざ取って来るものであると、以前聞いたような気がする。

 作物のように、毎日大量に消費する物じゃないから、作らないというのも一つの理由だろうが、一番はやっぱり、多種多様な種類がある事と、畑によってちゃんと栽培できるか……という理由が大きい。


 種類が多いのは、一つの所で集中して作るにしても、数多く作るとなるとそれなりの土地が必要だ。

 それに、薬草によって栽培できる条件が違う事も、難しくさせる要因の一つか。

 土地を確保して大規模に作り始めても、その土地で育たない薬草が多かったら意味がないしな。

 薬草はその時の用途によって、種類を変えて正しく使わなければならない以上、どんな事にも対応できるようにするため、複数の種類を作らなければあまり意味がない。


 それぞれ別の場所で薬草を作れば、数と種類を作る事ができるとも考えられるが、それが今までされていないという事は、人間の手で育てる事が難しい薬草も多いんだろう。

 それに、ハンネスさんにお願いしている畑の規模は、最初の計画よりも広めにとってはあるが、領内の数を賄うには不十分と思える広さだし、育てるための時間がかかるという不安もあるかもしれないな……。



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