第428話 考え違いを報告しました
「ほっほっほ、この事を聞いたら、リーザ様も大層喜ぶ事でしょう」
「いや、その……それは止めて下さい。恥ずかしいので……」
「うむ、タクミ殿が恥ずかしそうにするのも、また良いな。だろう、クレア?」
「そうですね……はっ! んんっ! いえ……タクミさんに失礼ですよ、お父様」
「そろそろ認めてしまえばいいものを……」
リーザにまで教えようとするセバスチャンさんを、なんとかお願いして止めてもらう。
こういうのは、本人に話したりはしないもんだ……よく知らないが。
顔が熱くなっていて、確実に赤い顔をしている俺を観察し、エッケンハルトさんが楽しそうだ。
エッケンハルトさんに声をかけられたクレアさんは、同意する途中で我に返り、父親を睨む。
それに対し、何故か溜め息を吐くように呟くエッケンハルトさん……二人の間で何かあるようだが、なんだろうな?
「あぁ、そう言えば……エッケンハルトさん、セバスチャンさん」
「ん、何だ?」
「どうされましたか?」
「ディームの事なのですが……帰りにニックと会って少し話をしたんです」
「ほぉ、ニックと言うと、あのタクミ殿が雇った男だな?」
「どんな話をされたのですか?」
「それがですね……」
クレアさんをからかうようにしていたエッケンハルトさんに、セバスチャンさんにも声をかけ、ニックと話した事を伝える。
確かニックは、公爵家が出てくれば、臆病者のディームは逃げるばかりで、スラムの人達が蜂起するような事はないだろうと言っていた。
ニックが元々スラム出身である事と一緒に、ディームの事を皆に教える。
臆病者で、誰も信頼せず、誰からも信頼されていない……寂しい奴だな。
誰も信頼しないという部分に、スラムで暮らしていてなのか、それまでの過去で何かあったのかもしれないが、あまり同情する気が出ないのは、リーザを標的にしたという事があるからだろう。
信用しない代わりに、誰かを利用し、力でのし上がる……というのも一つの手ではあったんだろうが、俺にはそれを真似する気も起きなければ、参考にする気も全くない。
……これから、人を雇って誰かの上に立つという事が予定されているが、お互い信頼できる関係を築きたいものだ。
「ふむ、成る程な。……セバスチャン、我々は見誤っていたようだな?」
「そのようですな。衛兵達の捜査から逃れ、スラムのボスとして周辺の街を含めてまとめ上げた人物。狡猾な者と考えて、もし何かがあった時には武力蜂起によって暴れる……と考えていました」
「だが、タクミ殿がニックから聞いた限りでは、違うようだ」
「はい。臆病な人物で、誰も信頼しないと……確かに、スラムで生活している人物には、そのような人も多くいるようです。臆病なために、居場所を悟らせず、隠れ住んでいたと考えると、確かにその通りと思わざるを得ません」
「騙された……というよりは、我々が勝手にそう思い込んでいたのだろうな。自信過剰というわけではないと思うのだが、公爵家や街の衛兵の捜査力は高いと思っている。だからこそ、その手から逃れる者を過大評価していたと」
「そうですな……」
この世界について、俺はまだよく知ってると言えるわけではないが、公爵家というだけで絶大な権力があると思ってる。
何せ、貴族の位で言うと、王家の次にあたるわけだしな。
王家の上には、国王様というのがいるんだろうが、とにかく国でもかなり上の地位という事になる。
その公爵家が指揮する人達や、俺が見る限りではしっかり治めてる公爵領の中にある街の衛兵。
人数も多いのだろうし、その捜査から逃れていたというのは、偶然もあるのかもしれないが、それだけで凄い事だ……真似をしようとは思わないけどな。
だからこそ、エッケンハルトさん達上から見てる人達は、ディームの事を狡猾で、色々と企んでいるのだと考えたのかもしれない。
上に立つ人というのは、最悪の事態の想定をしなければならない事がある……というのは何処かで聞いた話だが、それもあって、もしかするとディームがスラムをまとめ上げて武力蜂起をする……ディームだけを公爵家が捕まえると、スラムの人達が動き出す……なんて事を考えてしまったんだろう。
スラムには色々な人が集まって来るのだから、そこのボスとして君臨しているというだけでも、そういう評価をしてしまった一部分なのかもなぁ。
「お父様……つまり、お父様とセバスチャンがしっかりと、そのディームの事を把握していれば、タクミさんは危険な事をせずに済んだと……そういう事ですよね?」
「う、うむ……まぁ、そうなるな……」
さっきまでエッケンハルトさんにからかわれていたクレアさんは、反撃の糸口……とは考えて無いかもしれないが、ジト目になって問いかける。
「これに関しましては、私の調査不足でした。申し訳ありません」
そんなクレアさんに対し、怯むエッケンハルトさんだが、セバスチャンさんは素直に非を認め、頭を下げて謝った。
まぁ、さすがにセバスチャンさんが、謎な情報網を持っているとしても、全て知る事ができるわけじゃないから、仕方ない。
でも、何故か俺が家族について叫んだ事は知ってるんだが……追及するとまた恥ずかしい目に遭う可能性もあるし、そこはかとなく踏み入れてはいけない領域のような気がするので、触れない事にしようと思う。
「セバスチャンは情報を集めた責任があります。ですが、それを判断したのはお父様なはずです。私にも、下手に手を出すと危険だから、それとなく調べるだけにしておけ……というのは言われていました。ですが実態は……」
「ま、まぁ、クレアが手を出すと、手痛いしっぺ返しが待っている可能性はあったのだぞ? それに、治安の悪いスラムの事だからな……戦闘もできないクレアが、直接乗り込わけにもいかないだろう?」
クレアさんの追及に、汗を流しながら弁明するエッケンハルトさん。
一応、エッケンハルトさんが言う事はわからなくもない。
スラムだから、治安が悪いのは当然だろうし、女性であるクレアさんが手を出すべき問題じゃない……とエッケンハルトさんは考えていたんだろう……多分。
娘が何か危険な事に関わってしまう……という心配もあったんだろうな、とも思った。
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