第424話 ニックは以前の事を反省しているようでした



「あのお嬢ちゃんがアニキに保護された日と、スラムの奴らを街中でよく見かけるようになった日が、合うような気がしますね。もしかしたら、ディームの奴が何か指示したのかも……」

「ニックは、ディームを知ってるのか?」

「そう言うアニキこそ、ディームを知ってるんですかい?」

「いや、まぁな……ははは……」

「ワフ」


 どうやら、ニックの言うスラムの人達を街中でよく見かけるようになったのは、俺がリーザを保護してからという事で間違いないようだ。

 リーザがスラムを出た事が直接の原因なのかわからないが、もしかしたらリーザを探していたのかもしれない。

 あまり考えたくない事だが、リーザをいたぶる事で、スラムの人達の留飲というか、ストレス発散のようになっていた部分があったのかもな。

 それはともかく、ニックの口からディームの名が出て来たのは少し驚いた。


 ディームの事を知っているのかと聞いたが、逆にニックから俺が知っている事を聞かれた。

 今この街にいる目的そのものだったんだが……あまり人に知られるのも良くないかもと、適当に笑って誤魔化す。

 ニックがそれで誤魔化せたかどうかはわからないが……。


「まぁ、あまり言いたくない気持ちはわかります。あいつは、自分が表に出ないよう色んな奴らに口封じをしていたようですからね」


 誤魔化せてはいなかったようだが、ニックは何やら勘違いをしたようで、ディームの事を思い出すようにしながら話してる。

 やっぱり、ディームの事を知ってるみたいだな。


「詳しいんだな、ニック?」

「へい。そもそも、俺はスラムの出身でして……そこから、スラムの生活を抜け出そうと、働きに出たはいいんですが……どこも雇ってはくれず……いえ、数日くらいなら雇ってくれるところはあったんですが、アニキのようにしっかりと雇ってくれるところはありませんでした。まぁ、スラム出身で人相も言葉遣いも悪いですからね。あまり長く使いたくなかったんでしょう」

「そうなのか……」


 どうやらニックは元々スラムに住んでたらしい。

 考えて見れば、俺はニックの事をあまりよく知らない。

 俺をアニキと慕って、何故か俺と会ったら嬉しそうにするくらいで、あとはレオとセバスチャンさんに脅されて、真面目に働いてる事くらいか。

 あの時は、仕事がなさそうだし、悪い事をせずにまともに働けば……と考えてその場の思い付きで雇ったが……真面目に働こうとしてた時期もあったんだな。


 確かにニックは人相が悪く、今もスキンヘッドにしているせいもあって、隣にレオがいなければ今も俺が絡まれてると見られてもおかしくない。

 言葉遣いは、カレスさんに言われてるのか、多少はマシになった気もするが、まだまだ……かな? 俺が言えた事ではないかもしれないがな。

 ともかく、スラム出身だったりで、まともにニックを雇う所はなかったようだ。

 多分、日雇いのように雇ってくれるところは、あったんだろうが……それだけで生活していくというのも辛いだろう。


「結局、俺は職にあり付けず……金に困って店を脅すようになったんです。ですが、あまり上手くはいかず……途方に暮れてた時に、別の街から来た奴らに声をかけられたんでさぁ。まぁ、その後は、アニキの知る通りですがね、へへ」


 苦笑しながら話すニック。

 その声をかけられた奴らが、小悪党だったニックを利用しようとして声をかけ、最初に見つけた俺やクレアさんに絡んで捕まった……という事か。

 なんというか、途方に暮れて悪の道に引きずり込まれるニックもニックだし、最初に絡んだ相手が公爵家のクレアさんというのは運が悪かったと言うべきなのか……。

 結果、多くの罪を犯してなかったニックは、俺に拾われて反省中……という事なのだから、タイミングは良かったと言うべき……なのかもしれないな。


「そう言えば、その頃に迷惑をかけた店には、ちゃんと謝りに行ったのか?」

「へい。カレスさんと一緒に、挨拶回りをさせて頂きました。公爵家と関わりのあるカレスさんがいてくれたおかげで、ほとんどが苦笑するくらいで許してくれました。まぁ、その頃の反省もあって、何か力になれる事は無いかと、スラムの奴らが悪さをしないよう、見廻りを思いついたってのもあるんですがね」

「そうか……真面目にやってるようだな」


 ニックにとっては、見回りをする事で奉仕活動をしている気分なのかもしれない。

 ちゃんと過去の自分を悔いて、反省し、ちゃんと生きようとしてるのは偉いな。


「アニキが、しっかりした給料をくれるおかげで、ちゃんと生活できてますからね! それに、迷惑をかけた店にも、そこで他よりも多くの物を買う事で、償いをさせてもらってます!」

「それはいい事だが……金、足りてるのか? もし足りないようなら……」

「いえいえいえいえ、大丈夫です。アニキからの給料は、そこらの店で雇われるよりも多いんです! 十分に貰ってます! これ以上、アニキに出させるわけにはいきません!」

「そうか……?」


 俺の出した給料で、ニックは迷惑をかけてしまった店に、謝罪を込めて売り上げの貢献をしているらしい。

 それなら、少ないかもしれないが、俺も貢献できたらと思ったんだが、断られてしまった。

 ニックの給料に関しては、セバスチャンさんと相談して、少し多めに渡す事にしているが、ニックにとってはかなり多かったらしい。

 今までまともに給料をもらった事はないと言うのもあるだろうが、そもそもが多いという事か……。


 考えて見れば、公爵家に仕える執事さんに、一般の給料をどうするか相談するのは、間違ってたのかもしれないな……。

 執事の給料とか、かなり高そうだし……カレスさんの方と相談すれば良かったかも。

 まぁ、俺自身がお金に困ってるわけじゃなし、それでニックが真面目に働いてくれるなら、良かったんだろう。


 お金が全てじゃないが、働く以上ちゃんとした賃金はあるべきだしな。

 ……サービス残業とか、最低賃金スレスレの給料、どれだけ必死になって働いても上がらない給料は、やる気をなくす……というのは、実体験からだ。

 薬草畑を作るにあたって、雇う人たちにはちゃんと賃金を払う事を、肝に銘じておこうと思った……。




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