第404話 エッケンハルトさんがマルク君の処遇を決めました



 セバスチャンさんがマルク君に話す内容を聞きながら、俺も頷く。

 獣人の掟という、子供の躾のような決まりはあるみたいだが、それはともかく、セバスチャンの言う通り、獣人はしっかり国を作って生活をしている。

 見た事はないから、どういった様式なのかはわからないが、少なくとも国というものができている以上、原始的な生活ではないだろうと思う。

 オークやトロルドといった俺の知っている魔物が、国を作って生活できるとは思えないし、やっぱり獣人は見た目に多少の違いはあっても、人間とほとんど変わらないという事だ。


「さて、では事情を聞いたところで……マルクという少年をどうするかだな」


 マルク君から話を聞き、セバスチャンさんや衛兵さんを交えてディームの事を知った後、エッケンハルトさんが締めに入る。

 後ろでリーザをイジメるように言っていたのが、そのディームという人物であっても、マルク君が石を投げた事は変わらないしな。

 それに、それがあったからレオが怒り、騒ぎが起きた。

 ニックの時より同情の余地はあるのかもしれないが、あの時と違って、実際にリーザが怪我をしたし、レオが怒るとどうなるかという事を、ラクトスの人達が見る事になってしまった。


 公爵家に対する……という事を抜きにしても、このままお咎めなしに……という事にはしたくない。

 ニックには、カレスさんの店で使ってもらいながら、迷惑をかけた所に謝りにも行かせたしなぁ。


「タクミ殿、マルクをどうするのか、何か案はあるか?」 

「俺が決めていいんですか?」

「いや、参考意見という事にしておこう。ここは、私が決めるのが正しいだろうしな」

「そうですか、わかりました。……それじゃあ、獣人の事を正しく理解し、リーザに謝る事。同じ事はもうしないと誓う事……ですかね」

「ふむ……」


 さすがに、今回はニックの時のように俺に任せるというのはできないようだ。

 まぁ、あの時は被害の多くが俺の作った薬草だったから、というのもあったしな。

 俺の言葉を聞いて、目を閉じて考え込むエッケンハルトさん。

 少しの間を置いて、閉じていた目を開いた。


「マルクは、私預かりにさせてもらおう。そうだな……ラクトスの街では、厳しく処罰した、と伝えろ」

「「はっ」」

「エッケンハルトさん預かりですか?」


 自分が預かる、と言ったエッケンハルトさんに、衛兵さんの二人は敬礼しながら頷く。


「うむ。そうだ、誰か人を付けて、マルクを私の本邸まで護送しろ。そこで厳しく処断する」

「了解しましたっ!」

「本邸へ……? それに処断って……」

「ふふふ、殴られる程度の処罰で済んでいた方が、よっぽどマシだと思えるだろうな……」

「ひっ!」

「はぁ……」


 本邸までマルク君を送って、そこで処罰すると言うエッケンハルトさん。

 口の端を吊り上げ、悪い顔をして笑うエッケンハルトさんに、マルク君は短い悲鳴を上げる。

 セバスチャンさんは、溜め息を吐きながら首を振っている……何やら諦めているようだ。


「まぁ、タクミ殿には後で説明する。では、連れて行け!」

「はっ! 失礼します!」


 エッケンハルトさんの号令で、衛兵さんが肩を落としたマルク君を連れて行く。

 観念はしているようだが、自分がこれからどうなるのか不安なマルク君は、体を振るわせながら門の外へと出て行った。


「で、結局どういう事なんですか? 結局リーザに謝らせる事ができませんでしたけど……」

「そこはすまんな、タクミ殿。しかし、まだ今謝らせるのは早計かと考えてな。今謝らせても、公爵家の圧力と、ディームとの板挟みで、結局形だけの謝罪になるだろう」

「まぁ……それはそうですね」


 今までずっと、ディームに従ってたんだ、ここで獣人は魔物じゃないと説明されても、すぐに全て信じられる事じゃないかもしれない。

 公爵家が言う事だからと、謝罪を命じたら素直に謝ることはしただろうが、それは多分形だけだ。

 本当に心からの謝罪とは、ならなかった可能性が高い。

 ディームに言われた事を、今まで信じていたんだろうしなぁ。


「タクミ様、旦那様の悪い癖が出ました」

「悪い癖ですか?」

「はい。最近はタクミ様やティルラお嬢様がいたので、鳴りを潜めていたのですが……」

「そう言うなセバスチャン。結果的には、良い事に繋がっているだろう?」

「……それはそうなのですが」

「結局、どうするつもりなんですか?」


 エッケンハルトさんと話していると、横からセバスチャンさんが諦めた表情で言って来た。

 悪い癖との事だが……何の事だろう。

 まぁ、これまでエッケンハルトさんを見て来て、セバスチャンさんが溜め息を吐きたくなるような、おかしな癖があっても驚かないが……。


「本邸でな、みっちり私が鍛え上げるんだ。もちろん知識も大事だから、勉強もさせるぞ。獣人の事もな」

「鍛える……今、俺やティルラちゃんがしているようにですか?」

「あれは……まだまだ手加減しているな」

「タクミ様、旦那様は人を鍛える事に何故か喜びを感じるという、特殊な方なのです」

「それは酷いぞ、セバスチャン。だがそのおかげで、公爵家で働く護衛達は皆、しっかり働いてくれているだろう?」

「……あれを経験した者達なら、真面目に働かない者はいなくなるのは間違いありません。――旦那様は、見込みがありそうな若者を見つけると、厳しく鍛えようとするのです」


 どうやら、マルク君はエッケンハルトさんに厳しく鍛えられる……という事らしい。

 確かに、リーザとは違っても、スラムで生活して来ていたんだし、捕まえて連れて来られても、威勢のいい所があったりと、普通の子供よりは根性が据わっているのかもしれない。

 見込みがあるかどうかというのは、さすがに俺にはわからないが、これまでの環境から考えると、厳しい鍛錬にも耐えられるかもしれない。


「それが、どうしてマルク君の処断に繋がるんですか?」

「あれは、まぁ方便のようなものだな。厳しく罰を与えるようにしておかなければ、示しがつかん。まぁ、ラクトスでマルクを知っている者は、処刑されたとでも思うだろう」

「スラムにいた者、という事もありますが、あれだけの騒ぎを起こしたのですから、反発はないでしょうな」

「うむ。くふふ、マルクはいっそ処刑されていた方が……と思うようにはなるだろうがな……」


 そうして、またエッケンハルトさんは、口の端を吊り上げて悪巧みをしているような表情。

 一体どれだけ厳しくするつもりなのか……。

 ……俺やティルラちゃんも、エッケンハルトさんに剣を習って鍛えてもらってるが、あれとは違うのだろうか?



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