第373話 屋台で昼食となりました
「それでしたら、屋台で買って食べましょう」
ライラさんからの提案で、雑貨屋の前から移動し、街の大通りに出て屋台で食べ物を買う事になった。
レオは先日エッケンハルトさんと来た時に、屋台で色々な物を食べた事を覚えているからか、尻尾を振りながら上機嫌で歩いている。
リーザはレオの背中に乗って、キョロキョロしてるから、いろんな屋台で目移りしてるんだろう。
「お、あったあった。あの屋台の食べ物が美味しいんですよ」
「そうなのですか?」
「はい。前にエッケンハルトさんと来た時見つけたんですけど、食べてみると美味しかったですよ」
レオの前をクレアさんとヨハンナさんを連れて歩き、以前にも行った屋台へ案内する。
その屋台は、焼きパスタ……もとい、ヤキソバの屋台だ。
大きな鉄板を使い、大量の麺を焼いてるのが見えた。
「焼いていますね。色々な野菜が入っていますが、どういう物なのでしょう?」
「茶色い……ですね」
「見た目は彩り豊かとは言えませんけど、美味しいですよ」
クレアさんは豊富な種類の野菜が、麺と一緒に焼かれているのに驚き、ヨハンナさんは茶色い見た目に驚いている様子だ。
豪華な料理とは違って、彩り豊かで素材の味を生かした……というような高級料理ではないが、エッケンハルトさんも認めた美味しさだ。
贅沢を言えば青のりが欲しいが……無い物ねだりをしても仕方ない。
俺にとっては、懐かしの味とも言える物だし、ソースの味を堪能できるだけで十分だ。
……今度、余裕がある時に青のりでも作ってみるか……?
海藻だから、『雑草栽培』でできるかはわからないが……挑戦してみるのもいいかもしれない。
できない場合に何か悪い事が起こるでもなし、試してみる価値はありそうだ。
「皆様、お待たせしました」
青のりの事を考えている間に、ライラさんとニコラさんが屋台へ向かってヤキソバを買って来てくれた。
全員分あるようだ。
「ほら、リーザ。ちゃんとレオから降りて食べるんだぞ? 落としたらレオの綺麗な毛が汚れるから。……レオは、少し冷まそうか」
「わー! 美味しそうな匂い!」
「……ワフ」
ライラさんからヤキソバを受け取り、それをリーザとレオに渡す。
といっても、レオは地面に置くだけだが。
リーザをレオから降りるように促し、地面に立たせる……もしヤキソバをこぼして毛に付いてしまったら、洗うのが大変だからな。
作りたてで湯気を立ててるくらいだから、レオにはすぐ食べられないだろうと、冷ますように注意する。
レオにとってはお預けされてるようなものなんだろう、頷きながらも鳴き声は小さかった。
「確かに、食欲をそそられるいい匂いですね」
「珍しい見た目ですが、確かに匂いは香ばしく感じます」
クレアさんとヨハンナさんは、ヤキソバの匂いに食欲を刺激されているようだ。
確かに、ソースの焼ける匂いは、不思議なくらい食欲がそそられるな。
満腹の時は別だが、あまりお腹が減っていなくとも、この匂いを嗅げば食べたくなる。
「では、頂きましょうか」
「……タクミ様、立ったまま食べるのですか?」
フォークを持ち、いざ食べようとすると、クレアさんがこちらを向いて首を傾げた。
「え、はい。屋台で食べ歩きをするなら、このまま食べる事になりますけど……」
「そ、そうなんですね。こういうことは初めてなので……すみません」
謝る必要はないと思うが、クレアさんにとって、屋台で食べ物を買ってその場で食べるというのは、驚くべき事だったのかもしれない。
公爵家の令嬢として、淑女たろうとしてるクレアさんからすると、行儀が悪い事だったかもなぁ。
「エッケンハルトさんは、何も気にせず、その場で食べてましたよ?」
「お父様は、そういった事を気にしない人なので……」
「あぁ、確かに……」
「クレアお嬢様、どこかに移動して食べますか?」
エッケンハルトさんと食べ歩きした時の事を思い出しながら言うと、クレアさんは溜め息を吐くように呟く。
確かに、エッケンハルトさんは、屋敷でも食べ方が豪快だから、そういった事を気にする人じゃなかったな。
親子とはいえ、男女の違いもあるだろうし……ここで比べるのはクレアさんがかわいそうか。
どうしようか考えていると、肉の串焼きを大量に持ったライラさんから声をかけられた。
いつの間にそんなに買ったんですか、ライラさん……。
その串焼きは、前にも食べて美味しいのがわかってるから、多く買いたい気持ちはわかるんだけどな。
「そうね、できれば移動して食べたいと思うけど……冷めますよね?」
「そうですね。移動してる間に冷めたら、美味しさは半減……ですかね」
クレアさんとしては、やっぱりテーブルについて食べたいと思ってるみたいだが、移動している間に買った物が冷めるのは当然だ。
既に、こうして話してる間にも、段々と立ち上る湯気の量が少なくなってきているしな……。
冷めても食べられないわけじゃないだろうが、こういう物は温かいうちに食べた方が美味しいと思う。
「……わかりました。ここで食べます!」
「よろしいのですか?」
「えぇ。今はタクミ様が勧めて下さった、この料理を美味しく頂く事が先決よ。冷めてしまってはせっかくの物が台無しになってしまうわ」
一大決心をするように、この場で食べる事を決めるクレアさん。
ライラさんから聞かれても、その意志は揺るがないようだが、そこまでの決心をする必要はないと思うがなぁ。
まぁ、お嬢様だからそういう事を気にするのは仕方ないか。
「幸い、あまり注目されていないようなので、今のうちに食べてしまえば、問題ないわ」
周囲からの視線は確かにあるのだが、クレアさんの言う通り、俺達人間にはあまり注目は集まってない。
大きな原因は、体の大きなレオがお座りしてるから、そちらを行き交う人達が見てるからだな。
初めてこの街に来た時のように、セバスチャンさんを先頭に、レオが最後尾で少し離れてるわけじゃないから、近くにいる俺達よりも、レオの方に注目が行ってるんだろう。
「そうですね。今のうちに食べてしまいましょう」
「はい!」
「では、私も……」
レオに注目されている今がチャンスと、意気込んで食べ始めるクレアさん。
ヨハンナさんやライラさん、ニコラさんも同時に食べ始め、少し冷めて来たから、ようやくレオも食べ始める事ができたようだ。
リーザは、俺達の様子を見ていたが、食べ始めたのを見て一緒にヤキソバを口に運んだ。
俺も、皆の様子を見ているだけじゃなくて、ちゃんと食べないとな。
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