第347話 エッケンハルトさんは放っておかれていました



「クレア……タクミ殿も一緒だったのか。皆、寝坊したのか?」

「……お父様?」

「旦那様が、もう起きている……ですと?」

「あぁ、おはようございます、エッケンハルトさん」


 食堂に入ると、ポツンと一人だけエッケンハルトさんが座っており、寂しそうな表情をしていた。

 俺達が入って来たのがわかると、すぐに勝ち誇った顔になったが……多分、自分が起きて皆が寝坊したと考えているからかもな。

 エッケンハルトさんが、朝食時に起きてここにいるのは、安眠薬草で熟睡できたおかげで、早くに起きられたんだろうが、その事を知らないクレアさんとセバスチャンさんは、目を見開いて驚いている。

 いや、そこまで驚かなくてもいいんじゃ……とは思うが、これまでの事を考えると仕方ないのか,

と納得する。


「それで、どうしたのだ? ティルラとタクミ殿達が一緒なのはともかく、クレアやセバスチャンまで」

「旦那様は、お休みになられていると考えていたので、連絡をしませんでしたが……実は……」


 エッケンハルトさんは、いつもこの時間は寝ているため、安眠を妨害しないようセバスチャンさんは、簡易薬草畑に関する連絡はしていなかったようだ。

 説明はセバスチャンさんに任せ、俺達はそれぞれいつも座っている場所へと座った。


「ふむ、タクミ殿の作った薬草だけが、か……皆、寝坊したわけではなかったのだな」


 説明を受け、俺達が寝坊したわけではないとわかり、勝ち誇った表情を止めるエッケンハルトさん。

 やっぱり、自分が早起きできた事を誇ってたみたいだが、俺やレオはともかく、クレアさんが寝坊するとは思えないのにな。

 そこの辺りは、親子でも似てないのか。


「それにしても、アンネさんはどうしたんでしょうか?」

「アンネリーゼ様は、何やら昨日の遅くまで起きていらしたようで、まだ寝ておられます」


 簡易薬草畑の事を、引き続きセバスチャンさんに説明されているエッケンハルトさんを見ながら、アンネさんがいない事に首を傾げていると、メイドさんの一人が教えてくれた。

 その人は確か、アンネさんのお世話をしていたメイドさんだから、遅くまで起きてた事を知ってるんだろう。

 

「昨日遅くまで……」

「アンネ……変な事を考えていなければいいのだけど……」


 夜遅くまで起きていたと聞いて、俺とクレアさんは意見が一致したようだ。

 例の店の事でも、アンネさんは一人で考えたらしいから、夜遅くまで何かを考えていたと思うと、嫌な予感が禁じ得ない。

 まぁ、伯爵家にいる時と違い、直接誰かを動かす事はできなさそうだし、俺やクレアさんが被害を被る事はない……と思いたい。



「タクミ様、これを見ておいて頂けますか?」

「これは?」


 エッケンハルトさんへの説明も終わり、配膳された朝食を頂いた後、薬酒の試飲も終わって待ったりしている時、俺の横に来たセバスチャンさんが、数枚の書類を差し出した。


「それは、タクミ殿がランジ村で薬草栽培をする場合、雇う人員のリストになります。旦那様やクレアお嬢様を始め、我々公爵家側の者が精査するのは当然ながら、タクミ様にも確認しておいてもらいたいのです」

「あんまり、わからないと思いますけど……」

「それでも、一応は。もしタクミ様が気になる人物がいれば、その者を優先的にしたいと考えています。まぁ、まだそのリストは第1案ですので、それ以外で雇いたい人がいればお教えいただければと。もちろん、これからも別の人員を探して参りますし、我々も確認させて頂きます」


 要は、公爵家で雇う人をしっかり見定めるが、俺にも見るだけは見ておいて欲しいという事か。

 実際に雇うのは俺なんだから、見ておかないといけないのは当然だな。


「わかりました。とりあえずは、このリストをしっかり見させて頂きます」

「はい、お願いします」

「気になる者や、気にいる者いなくとも、気にする必要はないからな、タクミ殿。気軽に見てもらって構わない。まだ他にも人員は探す予定だしな」


 セバスチャンさんからリストを預かり、確認する事を約束する。

 エッケンハルトさんからは、気軽に見るだけでいいと言われるが、俺としてはそういう訳にはいかない。

 自分で雇うわけだし、どういう人かを確認しておかないといけないからな。


「ふむ……ふむ……セバスチャンさん、この口が堅いとか、噂話に弱いとかってなんですか?」


 お茶を頂きながら、渡されたリストを軽く眺める。

 しっかり見るのは部屋に戻ってからでもいいが、まずは目を通すくらいはしておかないとな。

 リストには、人物の名前と性別、年齢や経歴などが簡単に書かれていて、さすがにここから人物を完全に把握するのは難しいが、雇って問題がありそうかどうかはある程度、想像できるようになっていた。

 その中で、口が堅いと書いてあったり、噂話をよくするとか、噂を信じるだとか書いてあるのが気になって、セバスチャンさんに聞いた。

 せっかくここにいるんだから、聞きたい事は聞いておかないとな。


「それは、秘密の厳守に関わっている要項ですな。雇った人物が、内部情報を他の者に漏らすかどうか……という指標になっております。貴族家では、そういう者を雇う際に重要視する場合がありますので。それに、タクミ様には、ギフトに関する事もありますからな」

「成る程……確かにそうですね」


 貴族家には、外に漏らしてはいけない部外秘の事もあるんだろう。

 日本の小さな会社にだってあるんだから、複数の民と領地を抱える貴族ともなれば、そういう事があっても不思議じゃない。

 場合によっては、能力や人となりよりも、そちらの方を重要視する事もあるのかもしれないな。

 ……外部に情報を漏らすかどうかは、人となりにも関わって来るか。


 俺の『雑草栽培』は、完全に秘密というわけではないが、あまり外部に知られない方がいいものだ。

 下手したら、色々と狙われかねないからな……護身のために剣や魔法を習っているが、狙われないに越したことはない。

 セバスチャンさんの説明に、成る程と呟きながらお茶を一口飲み、続きを眺める。


 ちなみに、リーザはティルラちゃんやシェリーと一緒に、満腹で丸くなったレオの体の真ん中で、フサフサの毛に包まれて気持ち良さそうにしてる。

 このまま放っておいたら、まだ朝食を食べたばかりの朝なのに、寝てしまいそうだが……まぁいいか。

 それよりも、クレアさんが緊張したような雰囲気で、俺の事をジッと見ているのが気になるな……なんだろう、何かあったのかな?



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