第315話 リーザは一番気持ちの良い場所を知っていました



「……トイレ、とか? いやでも、リーザがまだ慣れてない屋敷を、一人で歩くとは思えないか……」


 一応、昨日のうちにトイレの場所とかは教えておいた。

 さすがに、そこに関しては俺がお世話をするわけにはいかないからな……風呂に一緒に入っておいて、今更かもしれないが。

 ともあれいなくなったリーザの事だ。

 昨日俺が風呂に行こうとした時も、一人になるのを嫌がってたリーザ。


 まだ屋敷に来て時間も経っておらず、慣れていないのは間違いないのに、そんなリーザが一人でトイレに行くとは考えにくい。

 だが実際に、リーザはここにはいないのだから、一人でどこかに行ったという事だ。

 いついなくなったのか……どうしていなくなったのか……。

 幸い、屋敷の中は獣人に偏見を持つ人が少ないようで、危険はないだろうが……心配だ。


「おい、レオ。起きてくれ。リーザがどこかに…………」


 ベッドにくっ付くようにしながら丸くなり、眠りに就いているレオを起こし、一緒にリーザを探そうと声をかける。

 かけている途中で気付いた。

 丸まってるレオの大きな体、その真ん中あたりに茶色い毛並みが覗いていたからだ。


「……もしかして……?」

「……ワフ」

「レオ、起きてたのか? それじゃあ……」


 ベッドから降り、ゆっくりとレオに近付いて行く途中、レオが目を開けて小さく鳴いた。

 レオが起きていて、リーザがいない事に動じて無い……そのうえ茶色い毛が覗いているし、朝でも小声。

 何となくリーザがどこにいるかわかって、安心しつつ、確認のためそのままレオの体に近付いて、茶色い毛が覗いている所を見る。


「はぁ……こんな所に……」

「むに……すぅ……」


 リーザは、レオの毛と体に包まれるようにしながら、こちらが微笑んでしまう程に幸せそうな表情で寝ていた。

 いつの間にここに移動したのかはわからないが、レオは気付いていたんだろう。

 だから、さっき小さく鳴いたし、起きても体を動かさなかったんだな。


 この幸せそうな表情を見るだけで、こちらまで幸せになるような表情だ。

 子供を持つ親って、こういう気持ちを皆知ってるのかな?

 リーザをスラムで拾ったお爺さんは、何のために拾い、何のために育てたのか……あった事すらないからわからないが、この表情を見て癒されてたのは間違いないと思う。


「おはようございます。レオ様、タクミさん」

「ティルラちゃん、しー……」

「ワフ……」

「?」


 寝ているリーザに言い知れぬ何かを感じていると、扉がノックされ、小さく返事を返すとティルラちゃんが入って来た。

 今日も元気そうだ。

 そんなティルラちゃんに、もう少し声を下げるように指を口元に持って行くジェスチャーをし、レオも小さく鳴く。

 それを見たティルラちゃんは、首を傾げつつこちらへ来て、レオに包まれて寝ているリーザを発見。


「……可愛い寝顔です」

「そうだね……」

「ワフ」


 年の近いティルラちゃんですら、リーザの寝顔は可愛く見えてるようだ。

 微笑ましい物を見る目になったティルラちゃんと一緒に、リーザが安心して寝ている様子を見守る。


「すぅ……むに……ん……んん……」

「あ、起きますよ」

「そうだね。起こしちゃったかな?」


 俺やティルラちゃんの視線を感じたか、それとも気配を感じたのか、寝ていたリーザが顔をしかめてむずがり、少しだけ目を開けた。

 その様子を見ながら、小さな声で話す俺とティルラちゃん。


「……ふあ……ん……んん……お爺ちゃん……ん?」

「おはよう、リーザ」

「おはようございます、リーザちゃん」

「ワフ」


 小さくあくびをしながら、目を擦り、お爺さんを呼んだ後、周囲の様子に気付いたようだ。

 はっきりと目を開けてこちらを向くリーザに、皆で挨拶をした。


「……えっと……あ、パパ!」

「おっと! あはは、おはよう、リーザ」

「おはよう! ティルラお姉ちゃんもいる! おはよう!」

「はい、いますよー」

「ワフワフ」


 数秒、俺の顔を見て目をしばたかせるリーザ。

 その後、寝ていた頭が起き、色々と認識できたんだろう。

 ガバッと体を起こして俺に抱き着いて来た。

 それを受け止め、床に降ろしつつ朝の挨拶。

 ティルラちゃんを見つけて嬉しそうにしたり、リーザは朝から元気だ……ティルラちゃんもか、子供ってそうなのかな?


「……昨日の事は、夢じゃなかった! パパもママも、ティルラお姉さまも皆いる!」

「うん、夢じゃないよ。もうリーザは独りぼっちじゃないからね?」

「うん!」


 起きる直前、お爺ちゃんと言っていたから、今でもリーザを育ててくれたお爺さんの事を夢に見るのかもしれない。

 お爺さんは残念ながら亡くなってしまったが、昨日からは俺やレオ、ティルラちゃんやこの屋敷に住む人達がいる。

 もうリーザがスラムの片隅で寂しくなる事はないんだ、と教え込むように言うと、満面の笑みで頷いてくれた。


「さて、それじゃあ朝の支度をしないとね。……えっと、ティルラちゃん」

「はい!」

「リーザを連れて、メイドさんに言って顔を洗ってもらえるように頼めるかな?」

「わかりました。リーザちゃん、行こう?」

「……でも……」

「大丈夫。俺は何処かに行ったりしないよ。……レオ、ついて行ってやってくれるか?」

「ワフゥ~……ワフ? ワフワフ」


 ティルラちゃんに頼んで、リーザの顔を洗うようにお願いする。

 まだ俺やレオと離れるのに不安そうなリーザは、ティルラちゃんが差し伸べた手に躊躇してる。

 俺も朝の支度があるから、代わりを……リーザが離れて体を起こし、伸びをしているレオに頼む。

 一瞬首を傾げたレオは、すぐに理解してくれて、頷いてくれた。


「それじゃ、タクミさん。行ってきます」

「ありがとう、お願いね」

「はい!」

「ワフワフ」

「行ってきます、パパ!」

「うん、いってらっしゃい」


 元気よくリーザと手を繋ぎ、部屋を出て行くティルラちゃん。

 その後ろについて行くレオを見送って、部屋は俺一人になった。


「……俺がパパ、かぁ……」


 朝の支度をしながら、リーザにパパと呼ばれる事を反芻する。

 子供を持った経験はないし、そう呼ばれた事はもちろんない。

 だが、悪い気はしないどころか、リーザのような素直で元気な子に懐かれているから、そう呼ばれているという事実は、知らず知らずのうちに笑みを浮かべてしまう程、嬉しいのかもしれない。


「……食堂に行く前に、もう少し顔を引き締めておかないとな」


 鏡に映った緩んだ自分の顔を見て、そう呟きながら、伸び始めている髭を剃り始めた。

 ……エッケンハルトさんのように、髭でリーザを怯えさせるわけにはいかないからな。


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