第312話 エッケンハルトさんの無事を祈りました



「そろそろ、寝る前の鍛錬ですかね?」

「うむ、そうだな。そろそろ移動する事に……」

「お父様?」

「旦那様?」

「んお?」


 まったりした時間で、食後の休憩を切り上げ、そろそろ素振り……イメージトレーニングになったが、そのために裏庭へ移動するため、エッケンハルトさんが動き出そうとした。

 言葉と動きの途中で、今までアンネさんと話していたはずのクレアさんと、後ろに控えていたはずのセバスチャンさんが、ササっとエッケンハルトさんの左右に移動、それぞれ腕を掴む。


「お父様には、まだ重要な役目が残っています……」

「屋敷を抜け出した事、これから追及させて頂きますので……」

「え、あ……ちょ、ちょっと待ってくれ……タ、タクミ殿ぉぉぉぉ……」

「……エッケンハルトさん……安らかに……」

「「?」」

「ワフゥ……」

「キャゥ?」


 クレアさんとセバスチャンさんは、がっしりと掴んだエッケンハルトさんの腕をひっぱり、二人で引きずって行った……。

 助けを求めるエッケンハルトさんの声が響くが、俺は祈るような気持ちで見送るしかできなかった……。

 というか、セバスチャンさんとクレアさんのコンビネーションも見事だなぁ……と少し現実逃避。

 リーザとティルラちゃんとシェリーは、その様子を首を傾げながら見送り、どういう事か理解しているレオは溜め息を吐いていた。

 

「アンネさんは、どうしますか?」

「私は、もう休ませて頂きますわ。まだ、少し辛いので……」

「そうですか……」


 夕食を食べて休憩までしたのに、アンネさんはまだ本調子じゃないようだ。

 リーザとの騒動で、元気になったと思ったのに、まだお酒が残ってるのかもしれない。

 薬酒も飲んだしな……明日には元気になっているであろう姿を想像して、食堂から出て行くアンネさんを見送った。

 ちなみにリーザは、まだ少しアンネさんに苦手意識があるようで、あまり目を合わせようとしない。

 

「それじゃ、ティルラちゃん。俺達はいつも通り、鍛錬に行こうか」

「はい!」

「パパ、どこか行くの?」


 ティルラちゃんに声をかけ、裏庭に行こうとした時、リーザが不安気な表情で言った。

 まだ慣れない場所で、置いて行かれる事に不安を感じてしまったのかもしれないな。


「大丈夫、リーザを置いて行ったりしないよ。レオ、頼むな」

「ワフ!」

「ママ? きゃあ!」

「キャゥ!」


 リーザを安心させるように声をかけ、ティルラちゃんと一緒に立ち上がる。

 レオに頼むと、一鳴きした後リーザの襟を咥え持ち上げる。

 シェリーは、いつもの指定席! と言わんばかりに、レオの頭の上に飛び乗った。

 


「パパはいつもここで、こんな事をしてるんだね?」

「うん、そうだよ。自分を鍛えるためにね、鍛錬はかかせないんだ」


 裏庭に移動して、剣を構えながらリーザに答える。

 移動中、さすがにリーザが咥えられたままなのはちょっとと思い、背中に移動させた。

 今も、レオに乗ったままこちらを興味深そうに見ている。


「それじゃ、ちょっと危ないから離れててね。レオ、頼むよ」

「はーい」

「ワフ」


 レオに頼んで離れてもらい、剣が当たらないような場所まで行くのを待ってから、鍛錬を始める。

 まぁ、もし当たりそうになっても、レオがしっかり避けてくれるだろうけどな……悔しいけど俺、今までレオに剣を当てられた事ないから。

 というか、リーザも随分と俺やレオに慣れたなぁ。

 まだ1日も経ってないけど、それだけ懐かれたって事なのかもな。

 子供が遠慮する事無く過ごせる環境ってのは、大事だ。


 それからしばらく、ティルラちゃんと一緒にイメージをしながら剣を振り続ける。

 エッケンハルトさんに言われた、相手をイメージしながらの素振りだ。

 一人で集中するから、本当にちゃんとできてるかはわからないが、できるだけオークとかと戦った時の事を思い出しながら剣を振り続ける。

 途中、息を整える時にチラリと見たリーザは、目を輝かせて俺を見ていた。


「……ふぅ……はぁ……今日はこんなものかな」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を整えながら、素振りを終了して剣を収める。

 ティルラちゃんも同じように、荒い息を落ち着かせながら剣を収めた。

 俺達の鍛錬が終わったと察したレオが、すぐに近づいて来る。

 結構長い時間やっていたけど、リーザは退屈しなかったかな?


「パパ凄い! あんなに早く動くなんて見た事ない!」

「ははは、そうかい? でも、エッケンハルトさん……一緒にいたオジサンはもっと凄いんだよ?」

「……父様に、追いつける気がしません……」

「ティルラちゃん……頑張って鍛錬していくしかないのかもね」


 退屈している様子の見えないリーザが、目を輝かせたまま俺を褒めてくれる。

 ちょっとだけ調子に乗りそうだったけど、剣の師匠……エッケンハルトさんを思い出してすぐに気を引き締める。

 これだけで調子に乗っていたら、エッケンハルトさんに怒られそうだしな。

 それに、まだまだあの人には敵う気がしない。


 同じことを考えたのか、意気消沈しながら呟くティルラちゃん。

 父親の事だから、特に気になるんだろうけど、まだまだティルラちゃんはこれからだ。

 俺より若いから飲み込みも早いし、いずれはエッケンハルトさんくらい強くなりそうな気がする。

 ……クレアさんの迫力とティルラちゃんの強さか……俺、この姉妹には敵いそうにないなぁ。

 

「タクミ様、ティルラお嬢様。こちらを……」

「ありがとうございます」


 いつの間にか待機していたライラさんが、俺達の前に進み出てタオルを渡してくれた。

 そのタオルで汗を拭きながら、ティルラちゃんやリーザと話しながら屋敷へ入る。

 ティルラちゃんとリーザは、明日レオやシェリーと一緒に遊ぶ事を約束していた。

 やっぱり、子供は仲良くなるのが早いなぁ……大人は余計な事を考え過ぎなのかもしれないな。


 シェリーを抱いたティルラちゃんと別れ、リーザと一緒に部屋へと戻る。

 知らない場所に来て高揚しているためか、リーザは終始はしゃいでいた。


「あ、そう言えば……リーザの部屋は……」

「部屋?」

「ワフ?」


 部屋まで戻って来てから気付く。

 リーザの部屋をどうするのか、聞き忘れていた事を。

 今から準備してもらうのは時間がなぁ……今日はこのまま一緒に寝るか?



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