第309話 アンネさんは諦めが悪いようでした



 会議室のようになった食堂で、俺は話を聞き流しつつ用意してもらった料理を頂く。

 でも、エッケンハルトさんは公爵様だし、クレアさんも色々とやっているようだから、わかるんだけど。

 ……アンネさん、こんな真面目な話もできたんだな……いや、例の店に関する提案もあって、頭の悪い人ではないのはわかってたんだが……どうしてもクレアさんとの漫才的な掛け合いの方が印象強くて……。


「パパ……美味しい!」

「そうだなぁ。美味しいなぁ」

「ワフ!」


 ニコニコしながら出された料理を食べるリーザ。

 その様子に、俺やレオは朗らかに癒されながら見守っている。

 ただ、ちょっと注意したいことがあるんだよなぁ……今までの生活がそうだったから、仕方ないのかもしれないけど……。


「リーザ、フォークはそうじゃなくて、こう持つんだよ?」

「……難しいよ」


 リーザはフォークの持ち方を知らず、単純に握りしめるようにして使っていた。

 当然ながら、そうしたら食べづらい料理もある。

 その場合、物によっては空いている方の手で掴んで食べようとするのだ。

 獣人の獣的な部分なのか、スラムで育ったからなのかはわからないが……これは教えるのに苦労しそうだ。


 さっきから、リーザが汚した先から拭き取ったり、口元を拭いたりとしているメイドさんには、大変申し訳ない。

 と、思っていたんだが、そのメイドさんはリーザを見てニコニコしてる……子供好きで世話好きなのかな? と思ったら視線はやはりリーザの耳や尻尾……。

 さっきまでのアンネさんに関わる騒動を忘れたのか、食べながら上機嫌なリーザは尻尾や耳をしきりに動かしてる。

 それを近くで見るのが楽しいのかもしれないな……食堂の扉近くで待機してるゲルダさんも、羨ましそうに見てるし。

 やっぱり、リーザはこの屋敷の人達を魅了して甘やかされそうだ……。


「それにしても……パパ……ですのね……」

「ん? どうしました?」


 リーザに色々教えながら、エッケンハルトさん達の話を何となく聞いていた俺に対し、急にアンネさんが考えるようにして視線を向けて来た。

 クレアさんと同じように、俺がパパとリーザに呼ばれる事を気にしてるようだが……まさかまた、幼い女の子が好きだとか勘違いされるんじゃなかろうか?


「タクミさんがパパという事は……私がママになれば……」

「アンネ!?」

「ふむ……」

「?」


 考えるようにしていたアンネさんは、急に突拍子もない事を呟いた。

 それに驚いて声を上げるクレアさんと、落ち着いた様子のエッケンハルトさん。

 リーザはキョトンとしてるな。


「えーっと、アンネさん? それはさすがにどうかと……」


 リーザはアンネさんの事を怖がってるからな。

 今も、キョトンとはしてるが、なるべくアンネさんの方を見ないようにしてるし……。

 というか、そこまでアンネさんの縦ロールが怖いのだろうか?

 俺からすると、面白いものなんだがなぁ。


「いいえ、タクミさん。タクミさんには断られましたが……それでもまだタクミさんには決まった伴侶がいませんわ! これで、その子のママとして名乗りを上げれば……いずれそれが既成事実のように……」

「……まだ諦めて無かったんですね……」

「当然ですわ! シルバーフェンリルを従えるタクミさんがいれば、我が伯爵家を盛り立てる事ができますわ!」

「ワフ?」

「……くっ……諦めませんわ!」

「はぁ……アンネ、まだそんな事を考えていたのね」


 アンネさんには、直接断ったはずなんだが……それでも本人はまだ諦めていなかったらしい。

 リーザにママと呼ばれれば、俺がパパと呼ばれてる事もあり、夫婦のように見られるため、いずれそのままなし崩し的に……とか考えているのかもしれない。

 シルバーフェンリルという言葉に、自分の事を呼ばれたと思ったレオがアンネさんに顔を向け首を傾げ、レオに見られてる事で一瞬怯んだアンネさんだが、それでも決意は固いらしく負けないとばかりに息巻いている。

 クレアさんは呆れたように溜め息を吐いてるな。


「リーザ、どうする?」


 アンネさんの様子やクレアさんの様子、俺やレオの様子を見ながら、少し面白そうな表情をしたエッケンハルトさんがリーザへ聞く。

 さっきアンネさんにリーザが怯えた事で一番笑ってたから、今回も断って笑わせてくれるのを期待してるような雰囲気だ。

 ちなみにエッケンハルトさんは、リーザと問題無く顔を合わせられるようになった。

 リーザにとって、無精髭が怖かったらしく、怯えられる事無くリーザからの笑顔を向けらる事に満足そうな顔をしていた。


 アンネさんの縦ロールの事といい、子供が何を怖がるかわからないもんだなぁ。

 無精髭は何となくわかるが、まさか縦ロールを怖がるとは思わなかった。

 整えた髭とかも怖がるんだろうか……?


「ん~?」

「ほら、あの人がママと呼んで欲しいみたいだぞ?」

「……違う……違います。ママは別にいる……のです!」

「ほぉ……?」

「……そんな……私の計画が……」

「アンネの計画は穴だらけなのよ。……それで、そのママは誰なの? もしかして……私?」

「私は、お姉ちゃんと呼ばれたので、私じゃないですよね?」


 エッケンハルトさんに聞かれて、首を傾げるリーザ。

 アンネさんを示したエッケンハルトさんに釣られて、そちらをちらりとだけ見たリーザは、首を振って否定。

 それだけでなく、ママは別にいるのだと言う。

 リーザの中で何を基準に選んでいるのかはわからないが、誰がママと呼ばれるんだろう?

 ……ちょっとだけ、俺も興味が出て来た。


 エッケンハルトさんは、別にいると言ったリーザを面白そうに眺め、クレアさんは何かを期待した雰囲気。

 ティルラちゃんはさっきお姉ちゃんと言われてたからなぁ……まぁ、自分とそこまで離れていないティルラちゃんをママと呼ぶことは無いか。

 それにしてもアンネさん……計画って、俺の前で披露したら意味がないんじゃ……?

 アンネさんは頭は悪くないと思うんだが……なんだろう、何かが抜けてるというか、足りないというか……。


「リーザ、ママは誰なんだ? 他の者に構う事はない。リーザが思ったように答えなさい?」


 エッケンハルトさんは、面白そうという表情を隠す事すらせずに、リーザへ聞く。

 クレアさんもそれに頷く。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る