第308話 アンネさんが取り乱しました



「ぷっ! くくく……あーはっはっはっは! 刺さる! アンネリーゼの髪が刺さるか! リーザは面白い事を言うな!」

「くっ……ふふふ……そうですねお父様。ふふふ……あはははは!」

「アンネさんの髪……刺さるんですか? 強そうです!」

「ワフ、ワフ」

「な……なんて事を……」


 一瞬だけ、皆の間に沈黙が訪れた後、エッケンハルトさんが噴き出した。

 クレアさんも含めて、二人は大爆笑……かくいう俺も笑いが堪えられずに笑ってる。

 ティルラちゃんは何がおかしいのか、キョトンとしてアンネさんに聞き、強いとか……それがさらにエッケンハルトさん達の笑いを誘う。

 レオも、笑うように声を漏らしてるし、食堂にいるセバスチャンさん達も、明後日の方へ顔を向けて笑いを堪えてる。

 当のアンネさんは……ワナワナと震えてるな……。


「言うに事欠いて、私の髪が刺さるなど……あり得ませんわ! ちょっとクレアさん、公爵様……笑い過ぎではありませんの!?」

「いや、そうは言うがなアンネリーゼ……くくく……」

「ふふふ……そうよアンネ。そんな先が尖った状態にしているアンネが悪いのよ……ふふふ」

「くっ! ちょっとそこの獣人! 何て事を言うんですの!?」

「ご……ごめんなさい……?」

「……!?」

「ちょっとアンネ? 子供に怒ったりしない……アンネ?」


 さすがに自慢の縦ロールが笑われたからか、顔を真っ赤にして怒るアンネさん。

 ……今ので、二日酔いは完全に忘れられたな……。

 ともあれ、笑われた原因であるリーザに向かって叫ぶアンネさん。

 その剣幕に、体を硬直させて謝るリーザ。


 だが、本人は何が悪いのかわからず、最後に首を傾げる……もちろん、尻尾や耳も一緒に傾けるのも忘れない。

 まぁ、リーザからすれば、怖く感じて素直に理由を話したら、急に周りが笑い出し、言われた本人は怒り出したりで、どうしたら良いかわからなかったんだろうな。

 とりあえず疑問に思ってもまず謝るのは、スラムで謂れのないイジメを受けていたからだろうか……。


 そんなリーザを見て、背後にズガァーン! と雷が落ちたように体を硬直させるアンネさん。

 なんだか、この反応……今日だけで3回目なような……?

 そんなアンネさんの反応に気が付き、クレアさんは横から訝し気に見てる。


「そ、そ、そ……そそそそそ!」

「そそ?」

「その耳と尻尾は! 何ですの!?」

「いや、獣人なので……耳と尻尾があっても不思議じゃないんじゃないですか?」

「そ、そ、そうですわね。獣人……獣人なのですわよね……えぇ……」

「ん?」

「……パパ……」


 急に挙動不審になったアンネさん。

 獣人だとは既に言ってあるし、耳と尻尾を見れば、一目瞭然だ。

 何故今それを再確認してるんだろう?


「そ、その……獣人の……」

「リーザですよ」

「リーザと仰るのね。えぇと……その尻尾と耳を触っても……良いかしら?」

「……嫌!」

「!!」

「アンネさん……そんな目を血走らせてたら、嫌がられるのも無理はないですよ……」


 リーザの名前を教え、テーブル越しに手を伸ばすアンネさん。

 その目は血走っており、正気を保ってるとはとてもじゃないが思えない。

 このままだと、テーブルを乗り越えるかなぎ倒すかをして、こちらに来そうだ。

 そのアンネさんの様子を見たリーザが、さらに怯え、俺にしがみ付きながらアンネさんを拒否。


 先程と同じように、雷に打たれたようにショックを受けるアンネさん。

 レオといい、エッケンハルトさんといい……リーザ関係でショックを受ける人が多いなぁ。


「アンネ、落ち着きなさい。まだ子供なのよ? そんな様子では怯えても当然だわ」

「アンネさん、怖いです」

「……んんっ! そうね。そうでしたわね。……私とした事が、取り乱してしまいましたわ……失礼しました」


 クレアさんとティルラちゃんに言われて、正気に戻ったのか、済ました顔になって落ち着いたアンネさん。

 だが、その視線はまだリーザに向かってるし、手をワキワキさせていて、今にもこちらへ伸ばして来そうだ。


「リーザ、とりあえずは大丈夫だから。椅子に座って、ね?」

「……うん」

「大丈夫、何かあればレオが守ってくれるから」

「ワフ!」

「……わかった」


 リーザに優しく言って、何とか椅子に座らせる。

 レオが力強く頷いてくれた事が、心強かったんだろうな。

 ……できれば、俺が守ってやると言ってやりたかったが……さっきの血走った眼をしたアンネさんが、急に襲い掛かって来たら俺に対処できる気がしない。

 剣の鍛錬だとかそういうのではなく、迫力が……なぁ。

 これが、貴族なのかもしれない……なんて見当違いな事を考えていた。


「くくく……いやぁ笑わせてもらったぞ……」

「お父様」

「んん! そうだな。そろそろ落ち着こう。では、皆もそろったようだし、夕食にしようか」


 あんな騒動の中でも、使用人さん達は黙々と料理の配膳を終えてくれていた。

 途中、アンネさんの近くで配膳していたメイドさんが、笑いを堪えていたのを見逃さなかったが、それは心の中にしまっておこう。

 エッケンハルトさんが皆を見渡して、落ち着いた事を確認。


「うむ、では頂こう」

「はい」

「頂きます」

「はーい」

「頂きますわ」

「キャゥ!」

「ワフ!」

「……頂き……ます?」


 エッケンハルトさんの合図で、皆が食事を食べ始める。

 リーザは俺が手を合わせて頂きますと言うのを、不思議そうに見ていたが、とりあえず真似をする事にしたようだ。

 食事をしながら、客間にいなかったティルラちゃんとアンネさんに、リーザを連れて来た経緯や事情を話した。



「成る程ですわ。確かに獣人は差別される事が多いと聞きます。伯爵領はこの公爵領と同じで、戦火には見舞われませんでしたけど、ある程度の年齢以上の民は、差別をする事があるようですわね」

「うむ。戦争を知っている者達だな。そして、スラムにいる者は一部を除き、噂を曲解したり信じたりしてそれを他の者に伝えているのだろう。訂正する者や、正しく教育できる者がいなければ、それはそこに住む者達にとっての真実となってしまう」

「スラムに限らず、一部の民も未だ信じていてもおかしくないと思います。お父様、領内の民に対する教育を徹底させるべきでは?」

「うむ……それはそうなのだがな……余裕がなく十分に教育を受けられぬ者がいる事もあってな……中々上手くいかないのだ……」


 リーザの事情や経緯を話し終わり、今はエッケンハルトさん、クレアさん、アンネさんの貴族……というより施政者側の人達による会議の様相を呈していた。



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