第306話 クレアさんは昨日の事を気にしていたようでした



「……本当は、レオ様だけじゃなく、タクミ殿が言ってるから……と言いたいんだろうがな……」

「……お父様?」

「ん……なんでもない。気にするな。ともかくだ、これでリーザは正式に我が公爵家……この屋敷での客扱いになる。……リーザ、遠慮せず自由に過ごすんだぞ?」

「……はい……わかり、ました……?」

「「「……」」」


 ボソっと何やら呟いたエッケンハルトさんに対し、クレアさんが先程と同じような怖い雰囲気を出しながら視線を向ける。

 エッケンハルトさんは、顔を引きつらせつつ誤魔化し、リーザを認めることで話を変えたようだ。

 何の事を言ってるのかよく聞こえなかったが、クレアさんに怒られるのがわかってるなら、言わなければ良いのに……。

 リーザの方は、クレアさんの宣言とエッケンハルトさんの言葉の意味がまだよく理解できず、首を傾げて戸惑いながらも、たどたどしく返事をする。


 首を傾げたり、リーザが戸惑ってる様子を表すように、耳がピクピク動いてたり、尻尾が動く様子を見て、クレアさんとライラさん、ゲルダさんが無言で視線を逸らしたのが見えた。

 もしかして、三人共尻尾を触りたいとか考えてるんだろうか?

 ……これは、リーザがこの屋敷で甘やかされる未来が見えるようだ……ティルラちゃんがいじけないと良いけど。


「そういえば……どうしてクレアさんが皆に宣言するんですか? 当主はエッケンハルトさんで……この場で一番偉いはずですし……」

「ふっ、それを正面から聞いて来ると言うのは、タクミ殿は面白いな。なに、簡単な事だ。この屋敷での事は、全てクレアに一任しているからな」

「私がこの屋敷の責任者となっています。それは、お父様がここにいるからと言って、軽々しく変わるものではありません」

「……この屋敷にいる使用人は、公爵家所属ではありますが、クレアお嬢様の直属となります。なので、旦那様ではなくクレアお嬢様が宣言をする必要があったのです」

「成る程、そうなんですね」

「私が宣言をしても悪い事ではないんだがな。一度任せると決めたのだ、その責務を私が来たからと、すぐに変えたのでは使用人達が戸惑ってしまうだろう」


 そういうものなんだろうか?

 俺は、公爵家の中で一番偉いエッケンハルトさんがいるから、この屋敷にいても一番偉いのはエッケンハルトさんだと思ってた。

 まぁ、それも間違いじゃないんだろうけど、屋敷内での決定権はクレアさんにあるという事か。

 という事は、客間に来る前リーザに言った、クレアさんが一番偉い人という紹介も、正しかったんだなぁ。

 クレアさんに対して、威厳の欠片も無くなったエッケンハルトさんを一番偉い、と言う事を躊躇って、クレアさんが……と言ったんだけど。


 それはともかく、クレアさん達の説明に無理矢理入り込んできたな、セバスチャンさん。

 もしかして、何か説明できる機会を窺っていたとか?

 ちらりと表情を窺うと、満足そうな笑みを浮かべてたから、もしかしなくともそうなのかもしれない。

 ……これで満足して、エッケンハルトさんへの小言が少なくなると良い……のかな?



「ティルラちゃんとアンネさんは、どうしてますか?」


 少しの間、ブドウジュースを飲みながら和やかな時間を過ごしている時、ふと思い出した。

 いや、忘れてたわけじゃないんだけど。

 ティルラちゃんなら、レオが帰って来たと知れば、シェリーと一緒に突撃して来てもおかしくないからな。

 アンネさんは……ラクトスの街で聞いた、エッケンハルトさんからの話のせいだろうな。

 父親に放っておかれた令嬢……という事で、同情のようなものを感じてるのかもしれない。


「ティルラは、今はシェリーと一緒に裏庭にいるはずです。夕食までは、鍛錬をしているはずですね。アンネは……まだ、部屋から出て来ませんね。……昨日のお酒が残っているようです」

「……そうですか」


 ティルラちゃんは頑張るなぁ。

 俺やレオがいなくとも、剣の鍛錬を欠かさずやってる……それだけ体を動かすのが好きなのかもしれない。

 アンネさんは……まぁ、お大事に……としか思えないな。

 昨日の事は、完全に被害者だからクレアさんも少し言いにくそうにしている。


「あの……タクミさん……」

「はい、何ですか?」

「昨日は、醜態を晒してしまい……申し訳ありませんでした。今後、あのような事がないよう、気を付けます」

「ははは、クレアさんもたまにはお酒を飲んで、羽目を外したくなる事もあるんでしょう。気にしていませんから、大丈夫ですよ」

「申し訳ございません。それと、ありがとうございます」


 二人の事を考えている俺に、少し恥ずかしそうにしたクレアさんが、俺に頭を下げて謝る。

 淑女然としているクレアさんにとって、昨日の事は恥ずべき事なのかもしれない。

 けど、そんなクレアさんだからこそ、ああいう事は必要なんじゃないかと思う。

 ずっと張りつめた状態だと、人はいつか疲れてしまいそうだからな。


「それじゃあ、夕食の時にティルラちゃん達へリーザを紹介ですね」

「はい。ティルラは近い年の子が来たと喜びそうですね。アンネは……シェリーの事を考えると、喜ぶでしょうね」

「ははは、そうですね」


 ティルラちゃんは物怖じしない、好奇心の強い子だから、リーザを見てすぐに友達になってくれるだろう。

 一緒に遊んでくれると嬉しい。

 アンネさんは、シェリーの事を気に入って構おうとしていたから、リーザの事も気に入る可能性が高いな。

 特に、耳と尻尾がなぁ……今も、ライラさんやゲルダさんは注目してるし……女性にとってフサフサしてる尻尾とかは魅力的なのかもな。

 ……シェリーの方は、アンネさん本人というよりも、揺れる縦ロールの方が気になってるみたいだが。


「皆様、夕食の支度が整いました。今、食堂にて配膳しています」

「はい、ありがとう。……一人分、追加はできるかしら?」

「はい。先程こちらへヘレーナがお邪魔した際、1名増えた事を確認し、すぐに取り掛かっております」

「わかったわ。それじゃあ、食堂に行きましょう」

「クレアさん、ありがとうございます」

「いえ、その子……リーザはもうこの屋敷のお客様ですからね」

「ありがとうございます。ほら、リーザも。リーザの食べる物も用意してくれたみたいだ」



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