第301話 レオが魔法を使いました



 以前、フェンリルの森に入る時、セバスチャンさんから教えられたのは、水を魔法で作り出しても、周囲からかき集める物であるため、体に悪い成分が混ざっている可能性があり、飲まない方が良いと聞いた。

 どうしても水が足らなくて、飲まない方が危険という状況でなら仕方ないが、できるだけ飲まないようにと言われたのを覚えてる。

 だが、レオは自分が出した水は飲んでも大丈夫だからと言ってる。

 それを説明すると、レオの魔法を初めて見たエッケンハルトは驚きながら、少し考える仕草。


 そう言えば、エッケンハルトさんはレオが魔法を使うのを初めて見たんだっけ。

 屋敷にいたら、魔法を使う必要もないしな。


「ふむ……もしかしたら、上級の魔法なのかもしれないな……もしくは、シルバーフェンリルだけが使える魔法か……」

「上級の魔法、ですか?」

「?」


 エッケンハルトさんが考えながら言う言葉に、俺は首を傾げて聞き返す。

 俺やエッケンハルトさんを見上げてたリーザも、真似をして首を傾げた。

 やっぱり、耳や尻尾も一緒に傾けられるのが可愛い。


「タクミ殿はセバスチャンから説明されていないのだろうが……人間が使う魔法の中に、水を作り出す時、不純物を取り除く事もできる魔法があるのだ。飲み水を作る魔法だな。おそらく、かなり高度な魔法であり、魔力消費も激しい事からほとんど見る事はない魔法だが……その時は説明しなかったんだろう」

「そんな魔法があるんですか? それなら、飲み水に困る事はないですね」

「うむ。その魔法を使えば、確かに飲み水に困る事はないのだが……魔力消費が激しくてな……そこらの人間の魔力では発動すらできん。割に合わないから、使う者もほとんどいないだろう」

「そうなんですか……成る程。で、レオはそれを使ったのか?」

「ワフ? ワフワフ」


 セバスチャンさんは、俺がまだ魔法の知識に乏しいからその事を教えなったんだろう。

 まぁあの時教えられてたとしても、使える人がほとんどいないのなら、覚える必要もあまりなかっただろうしな。

 エッケンハルトさんの説明に納得し、レオに聞くと、一度首を傾げた後、説明するように鳴きは始めた。

 えっと、その魔法は知らないけど、とにかく飲める水……か。


「レオが言うなら信じるけどな? 何度も使えるのか?」

「ワフ!」

「ふむ……」

「じゃあ、まず俺が先に飲んでみます」

「良いのか、タクミ殿?」

「レオは今まで、俺に嘘を言ったりはしてませんから。まぁ、もし駄目でもすぐに体調が悪くなる事は無いでしょう。じゃあレオ、もう一度頼むよ」

「ワフ! ウゥゥゥ、ガウ!」


 この世界に来て、レオと意思疎通する事ができるようになってから、レオは俺に対して嘘を吐いた事はない。

 というか、ほとんどの場合、のんびりしてて話に加わったりして来ないだけだけどな。

 ともあれ、ここに来る以前からの付き合いで、俺の相棒なんだ、信じてやらなくちゃな。

 それに、飲み水で多少悪い物が入っていたとしても、すぐに病気になるわけじゃないしな。


 俺は、レオに頼みながら顔の前に両手を器上にして差し出した。

 これで水を受け止めれば、飲めるくらいは確保できるだろう。

 こんな事なら、木の器くらい持って来てれば良かったな。


 レオが一度力を溜めるようにして唸った後、再び力強く吠えると、俺の手の上に水が収束し始める。

 少しして、人の顔くらいの丸い球になった水の塊が、下へと落下を始め、途中にある俺の手の器を通過し、水で満たした。


「……ん、ゴク」

「どうだ?」

「……大丈夫そうですね。特に悪い味や匂いはしません。普通の水だと思います」

「ワフワフ!」

「そうか……なら、リーザに飲ませても大丈夫そうだな」

「……水、飲みたい……です」

「じゃあリーザ、レオの前に手をこうして……」


 飲んでみると、特に変な味がする事も無く、何の変哲もない水だった。

 まぁ、俺の味覚とかに引っかからない悪い物質というのはあるだろうけど……感覚としては大丈夫そうだ。

 俺がエッケンハルトさんに言った言葉に、レオは当然と言うように鳴く。

 水を飲んだ俺に、少し羨ましそうな視線を向けるリーザ。


 リーザをレオの前に連れて行き、手の形を作るようにさせて、レオにまた水を作り出してもらうように頼む。

 リーザの手は小さいから、それだけでは足りないかと思い、俺も一緒に手を器型に作る。

 その隣で、馬を降りたエッケンハルトさんも手を差し出していた。

 ……エッケンハルトさんも喉が渇いていたんだろうか……それとも、レオの作る水に興味があったのか……。


「ゴク……ゴク……美味しい! ……です」

「リーザ、まだ足りなかったら、これも飲むんだよ?」

「ん……ゴクゴク……ふむ、普通の水だな。確かに大丈夫そうだ」

「ワフ」


 よっぽど喉が渇いていたのか、リーザは美味しいと言ってすぐに、自分の手に乗った水を飲み干す。

 それだけでは足り無さそうだったので、俺の手でもすくっていた水を飲ませる。

 エッケンハルトさんは、同じようにして水を飲み、大丈夫そうだと頷いた。

 レオはそんな皆の様子を見ながら、当然とばかりに自慢気な顔。


「……こんな美味しい水を飲んだのは……久しぶり……です」

「美味しい水? 普通だったと思うが……」

「そうですね」

「えっと……私がいた場所は、透明な水なんて飲め……ませんでした……。雨水とか、地面に溜まってる水の綺麗そうに見える部分をすくって飲むくらいしか……できません」

「「……」」

「ワフゥ……」


 俺とエッケンハルトさんにとっては、普通の水だったんだが、リーザにとってはそれは普通では無かったらしい。

 獣人で差別されていたからなのか、スラムがそういう場所なのかまではわからないが……リーザはこれまで、飲みたい時に水を飲むという環境にはいなかったという事。

 しかも、飲めたとしても多少汚れた水で、喉を湿らせる程度だったんだろうと思う。

 透き通って、自分の手のひらがはっきり見えるような水なんて、飲んだ事が無かったのかもしれない。


 こんな小さな子供が……という思いに、俺やエッケンハルトさんは押し黙って難しい顔をしてしまう。

 レオは、溜め息を吐いている。

 もしかしたら、レオだけはリーザがどういう生活をして来たかわかってたのかもしれないな。

 獣人という事も含めて、だからリーザを助けに向かったのかもしれないと思った。



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