第294話 何故獣人が差別されるのか聞きました



「獣人の国との戦争は、多くの兵士や民を巻き込み、命を散らしました……。そして、お互いの国が疲弊した頃、ある噂がこの国の中で囁かれ始めたのです」

「噂?」

「はい。獣人は魔物であり、人間とは違う生き物なのだ……と。人間を襲う悪い生き物なのだ……とも」

「……」

「その噂がどこから出たのかはわかりません。もしかしたら、獣人の国に対する国の意思を統一させるたものものだったのかもしれません」


 誰がそんな噂を出したのかはわからないけど、とにかく獣人が危険な生き物だと流布したわけか。

 それで、国の意思統一をし、一丸となって戦争に当たろうという考えだったのかもしれない。

 もしかしたら、何の気なしにそこらの人が言って、それが広まっただけ……という可能性もあるわけか。


「その噂は、戦争が終わった今になっては、下火にはなりましたが……信じている者もいるのです」

「獣人が危険な生き物だと? でもリーザは何か危険な事をするようには見えません」

「はい、その通りです。獣人と人間は単なる隣人……魔物ではありません。ただ、身体的に人間より優れている部分がある……というだけなのです」

「だが、その部分がまた噂を助長してな……」

「助長? 身体能力が高い事が、何かあるんですか?」


 アンナさんの説明を受け継ぎ、エッケンハルトさんも難しい顔をして言った事に、首を傾げながら聞く。

 身体能力が高いだけで、噂の助長をするとは思えないんだが……。


「まぁ、人間の嫉妬のようなものだと、私は考えているがな。人間よりも生まれつき、身体能力が高い。……実際、戦争の時は獣人1人を相手に、熟練の兵士3人以上で対処しなければならない事も多かったそうだ」

「……普通の人間よりも、単純に強いのですか?」

「うむ。運動能力に優れている者が多いと聞く。そのため、そこを羨んだ者達が獣人の噂を助長したのやもしれぬな」

「成る程……」


 人の嫉妬は同じ人間にも起こり得るし、他種族にも向けられる、という事だな。


「戦争が終わってから、現在までで獣人の国との国交は回復している。お互いに行き来する事は可能だ。だが、噂が残っているせいでな……この国では獣人が差別対象になっているところもあるようだ。戦争が行われた北側だと特にな」

「それは……そうなっても仕方ないかもしれませんね……」


 心情的には賛成できないが、戦争に巻き込まれた人達からすると、獣人のせいで……と考える人がいるのも当然だろう。


「まぁ、それ以外の地域では比較的緩やかなんだが……そんな国に獣人が何の気なしに入って来ると思うか?」

「いえ、差別される事がわかってて、遊びに来るなんて考えられませんね……」

「はい。そのため、この国では獣人を見る事がほとんどありません」

「そしてまた、憶測で噂を信じる者が増え……という悪循環だ」

「つまり、スラムでリーザがイジメられてたのは……?」

「そういった差別意識がある者達だったから、だな。ちゃんとした教育がなされているのなら、我が領内ではそういった考えは少ないのだが……スラムだからな……」


 スラムはならず者の集まりでできている事が多い。

 つまり、そういった事を教育されたり、学ぶ機会の無かった人達が多いんだろう。

 だから、勝手に古くなった噂を信じ、獣人が魔物だと疑わず、リーザをイジメていたんだろう。

 そう言えば、リーザを囲んでた少年達もリーザを魔物だと言っていた……この事が原因なのか。


「そうですか……難しい問題ですね……」

「はい、特に子供は、こういう事を信じやすいですから……孤児院の子供達には、獣人は人間と同じだと教えていますが……他ではどうなっているのか……」

「ふむ……これもまたセバスチャンと話す必要があるか。獣人は私もほとんど見た事が無かったから、対処はしていなかったが……実際にこの街に獣人がいるしな。探せばもしかしたら、何かの理由で街や村に存在しているのかもしれん」


 大人達三人で難しい顔をして考え込んでしまう。

 近くの中庭で、子供達とレオが楽しそうに遊んでる声が聞こえてくるのが救いだ。

 こういう話は、重苦しくなるからな……あんまりそんな雰囲気に浸りたくはない。


「そうですね……リーザを拾ったお爺さんは、獣人がどういう存在か知っていたんでしょうね」

「うむ。結局戦争が行われてた前後で生まれた者、終結した後に生まれた者が差別をしているのかもしれんな。それ以前からの者は、戦争の理由はわからずとも、獣人が魔物では無い事をしっているのだろう」


 リーザを拾ったお爺さんの年齢はわからないが、リーザがお爺ちゃん……と言うくらいなんだから、エッケンハルトさんよりは年上だろう。

 戦争が始まる前は仲が良かったという事なんだから、獣人がこちらの国に入って来る事もあっただろうし、それで実際の獣人を見て、魔物とは違う……と噂に惑わされずにいたんだろうと思う。

 差別意識のない人に拾ってもらえて、リーザは幸運だったのかもしれないな。

 ……いや、人に拾われるような状況が幸運とは言えないかもしれないが。

 難しい問題だ……。


「タクミ殿、リーザをどうするつもりなのだ?」

「いえ……どうするかは何も考えていませんね……。とりあえず、目の前でイジメられてる子がいたから、助けただけですし……」

「まぁ、あれは確かに酷かったからな……」

「そんなに酷かったのですか?」

「あぁ、アンナさんには話しておいた方がいいですね」

「うむ、そうだな」


 リーザをこれからどうするのかは、何も考えてはいないが、とりあえずアンナさんにはリーザがどういう風にイジメられていたのかを伝えよう。


「それは……確かに助けたくなりますね……それにしても、あんなに小さな子が……」

「差別というのは、時に人を簡単に貶めるからな……。理由はそれだけで十分なのかもしれん……」

「そうですね。あいつは悪い奴だ……なんて思い込めば、それだけで十分なんでしょう」


 アンナさんがさらに難しい顔をして、リーザの境遇を考える。

 集団心理と言えるだろうか……?

 他とは違う子に対し、違う事は悪い事だと決めつけ、声が大きな人がそれを言い出す事で、周囲の人間はそれを信じてしまう。

 周囲の人間も、違う事をして標的にされたくないからなのかもしれないが、そうして人は、集団で他とはちょっと違うだけの人間を標的にする……。

 一概にそうだとは言えないが……こういう事はこの世界に来る前にも多々見て来たからな……。



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