第289話 小さな少女がいじめられていました



「わかった。……エッケンハルトさん」

「うむ。あまりここでの揉め事には関わらない方が良いのだが……レオ様がそう言っているのなら、行くしかあるまい」

「はい。……俺が先に行くので、エッケンハルトさんは後ろから来て下さい。……レオは、回り込んで向こうへ行ってくれ。事は、向こうの通りで起きてるんだろ?」

「わかった。タクミ殿、気を付けるんだぞ?」

「ワフ」

「はい」


 簡単に打ち合わせをして、エッケンハルトさんとレオが了承したのを見て、俺は隙間に入った。

 エッケンハルトさんは俺の後ろで剣を鞘から抜いて警戒。

 もし後ろから何かされても大丈夫なように、しているみたいだ。

 レオは、俺の言葉を聞いて頷いた後、すぐに回り込むように建物を迂回するため走り出した。

 さて、この向こうはどうなってるのか……。


「さっさといなくなれよ! おい!」

「人食い種族が! こんな所にいるんじゃねぇよ!」

「ほら! ほら! ほら!」

「……っ! ……っ! ……っ!」


 隙間を抜けたところは、元々何か建物があった場所なのか、ぽっかりと開いていて10メートル四方くらいで空き地になっていた。

 その場所に、先程聞こえた争うような声……というより、一方的に何者かを責めるような声が聞こえる。

 空地の真ん中で、子供が一人、蹲っていて、それを3人の子供……中学生か高校生くらいに見える……が囲んで殴ったり蹴ったりしている。

 真ん中に蹲っている子供は、声を出さないようにしてひたすらそれに耐えてるようだ。


「おい、お前達! なにしてるんだ!」

「あぁ? なんだよオジサン」

「うるせぇな、黙ってろよ」

「俺達は人食い種族を退治しようとしてるんだ」

「人食い種族だって……?」


 思わず声を出して子供達の前に出た。

 どんな理由があるにせよ、小さな子供を複数で囲んでイジメるのは、良い事には見えない。

 囲んでイジメていた子供達が、一斉に俺の方を向いて声を出す。

 ……ちょっと、ちょっとだけ、オジサンと言う言葉に傷ついたが……今はそんな事に構ってる状況じゃないな。


 子供達が言った言葉、人食い種族というのにはちょっと引っかかったが、見ると囲まれていたのは小さな少女だ。

 蹲っているから、顔まではわからないが……多分ティルラちゃんよりも小さい。


「どんな理由があっても、よってたかって小さい子をイジメるのはいけない事だろう!」

「何言ってんだこのオジサン」

「こいつは人を食うんだよ! だから、いまのうちに退治しておかないといけないんだ!」

「小さいとかそんなの関係ねぇ! こいつは魔物と一緒なんだ!」

「だからって、それはお前たちのやる事じゃないだろ。もし本当にその子が人を食うのなら、衛兵に任せれば良い事だ」


 俺からすると、頭を押さえて蹲っている子は、人にしか見えない。

 人の形をした魔物がいるのかどうか……というのは、魔物に詳しくない俺にはわからないが、こんな所に魔物なんているのか?

 人の形の魔物……オークは二足歩行だったが、見るからに豚の見た目だったし、蹲っている子はそんな風には見えない。


 それに、本当にその子が魔物だとして、子供達が集まって退治しなくとも、衛兵に頼めば何とかしてくれるはずだ。

 さすがに、スラムと言えど、魔物が入り込んでいたら衛兵も動いてくれるだろうしな。


「へん! そんな事言って、手柄を独り占めする気だな、オジサン!」

「いや、そうじゃなくてな?」

「いいからあっちに行ってろよ! この魔物は俺達が退治するんだから!」

「いい加減にしないと、オジサンも退治するぞ!」

「……エッケンハルトさん……」

「ふむぅ……タクミ殿、子供相手に大人げないとは思うが……ここは実力行使しかないかもな。あまりこういった場所で武力を行使するのは、お勧めしないが……」

「まぁ、周りの人を刺激しそうですしね……」

「うむ。下手をしたら、スラムの者達とも戦う事になる」

「でも、見逃すわけにも……」

「そうだな。タクミ殿の考えに私も賛成だ。仕方ない、やるか。手加減はするんだぞ?」

「……そうですね。さすがに、命までは取ったりしませんよ」


 今ここでこうしている間にも、さっきまで俺達を見ていた人達が周囲に集まって来ている。

 スラムの仲間が何かされるのなら、あからさまに外から来た俺達は、明確な敵……という事か。

 家の隙間を利用すれば、多少動きづらくとも、複数の人間を一度に相手にする事は無くなるから、何とかそれで持ち堪えられるだろう。

 達人のエッケンハルトさんもいるし、負ける事はないだろうし、騒ぎが怒れば衛兵が気付いて駆けつけてくれるかもしれないしな。


 エッケンハルトさんを、危ない目に遭わせてしまうのだけは、頂けないけどな……。

 後で、セバスチャンさにゃクレアさんに怒られそうだ。


「ガウ!」

「な、なんだ!?」

「ひっ!」

「ま、魔物だ! 狼の魔物だ!」


 エッケンハルトさんと覚悟を決め、蹲っている少女を助けようと覚悟を決めた時、俺達から離れていたレオが、別の方向から走り込んできた。

 早かったな……レオ。

 子供達は、レオを見て怯え、周囲に集まりかけていた人達は、散り散りになって逃げて行った。


「グルルルルル……ガウ!」

「ひぃ! 助けてくれー!」

「魔物が、魔物がー!」

「襲われるー!」

「……あっさり逃げたな」

「そうですね。レオのおかげで、余計な戦闘は避けられた……んですかね?」

「そのようだ」

「ワフ!」

「よしよし、レオ、偉いぞー!」


 レオが子供達に対して、唸り、吠えると、全身を震わせながら、子供達も逃げて行った。

 周囲には、俺とエッケンハルトさんとレオ、それに未だ蹲っている少女だけが残る。

 あっさりと皆が逃げて行った事に安心していると、レオがどうだと言わんばかりに得意気になっていたので、体をワシワシと撫でて褒めておく。

 おかげで、無駄な戦闘をしなくて良くなったし、エッケンハルトさんも巻き込まなくて済んだからな。


「さて、そこの子供をどうするか……」

「……ここに置いておいても、またさっきの子供達に狙われそうですよね……」


 剣を鞘にしまい、エッケンハルトさんが少女を見て呟く。

 少女は、体を震わせたまま、まだ蹲っている。

 レオが吠えたから、もしかするとさらに怯えさせてしまったのかもしれない。



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