第290話 レオが怯えられてショックを受けました



「ワフ? ワフワフー」

「……ひぃ!」

「ワフゥ! ワフワフ。ワーフ、ワーフ!」


 どうしようかと考えていたところ、レオがのそりと少女に近付き、大きな顔で少女の顔を覗き込んで鳴く。

 ちらりと少女が顔を上げ、レオの顔を見た瞬間、また蹲って体を震わせ始めた。

 ……急にあの大きな顔が目の前にあったら、驚いても仕方ないか。

 レオは、怯えなくても大丈夫と言ってるようだけど、恐怖に支配されてる少女には伝わってないようだ。


「た、食べられる!」

「ワフ!? ワフワフ! ワフーワフー!」

「はぁ……レオ、怖がらせるだけだから、ちょっと離れておいてくれ」

「ワフゥ……」


 少女が食べられると勘違いして叫んだ言葉に、レオが驚いたようだ。

 食べないよーと言うように、少女に鼻を付けたり、前足の肉球でプニプニと体に触れてたけど、効果はないようだ。

 レオにはすまないが、仕方なく少女から離れてもらう事にした。


 あ、レオが空き地の隅に行っていじけた……背中をこっちに向けて、しょんぼりしてる。

 エッケンハルトさんがそれを見て、レオを慰めに行ってくれた。

 すみませんが、お願いします、エッケンハルトさん。


「えーと。大丈夫だよ。誰も君の事を殴ったりしないし、食べたりもしない。ほら、もう大丈夫だから、顔を上げて?」 


 少女の近くでしゃがみ込み、優しく声をかける。

 全身を震わせてた少女は、子供達に攻撃されてたってよりも、後から来たレオの方が怯えてる様子だったけど……気にしない。

 とにかく今は、少女を落ち着かせて、もう危険はないんだと教えてあげないとな。

 レオの大きな背中を、ポンポンと叩くエッケンハルトさんを横目に、少女に声をかけ続ける。


「誰も君を口汚く罵ったり、手を出したりはしないから。大丈夫、大丈夫だよ……」

「……ん」


 優しく声をかけ、何度も大丈夫だと言い続ける。

 こういう時、怯える子供にはどうすれば良いのか、経験があれば良かったとおもうが、生憎と俺にそんな経験はない。

 まぁ、そんな経験、そうそうあるものじゃないし、怯える子供なんていない方がいいんだけどな。

 とにかく、俺が安心してもらえるよう、大丈夫と言い続けて、ようやく小さく声を漏らした少女。

 もう少し……かな?


「大丈夫。何も怖い事なんてないから……」

「……ほん……と?」

「っ……ほんとだよ。何も怖い事なんてないんだからね?」


 体の震えも収まり、俺が大丈夫と言っているのを信じてくれたのか、少女は頭を抱えていた手を離し、ゆっくりと顔を上げた。

 その顔……というより、今まで手で押さえてた頭の部分に驚いたが、すぐに気を取り直して、優しく微笑みながら、大丈夫な事を伝える。

 ……驚いた表情をしたりしていないだろうか……ちゃんと微笑んでいる表情ができてるだろうか……少し不安になったが、少女の目はこちらをしっかりと見ている。

 それを表に出さないように気を引き締めた。


「ほら、さっきまで君をイジメてた人達はいないだろう? 大丈夫だからね」

「……あの大きな狼さんは……?」

「あー、えっと……」


 狼さんというのは、レオの事だろう。

 まだ目には怯えが見える少女は、レオを探すようにキョロキョロする。

 今見せても大丈夫かな……レオの方は、エッケンハルトさんに慰められながら、少女の後ろでこちらを窺っている。

 背中を向けたまま、自分の体越しに少女の様子を見るようにしてるけど……食べられると思われたり、子供に怯えられたのがよっぽどショックだったんだろう。

 大人ならまだしも、今までレオは子供にはすぐ懐かれてたしなぁ……レオの方も、子供が好きだから……。


「あの狼さんも……いなくなったの……?」

「いや、あのね。あの狼さんは、君を食べたりはしないし、痛い事は絶対にしないよ?」

「……でも、あんなに大きいのに……」

「大きくてもね、大丈夫なんだ。体が大きくて見た目が怖くても、優しい狼さんなんだよ?」

「……本当?」


 少女の隣にしゃがみ込み、目線を合わせて、安心させるように言い聞かせる。

 俺が、見た目が怖いと言った部分で、レオがビクッとしてショックを受けたようだけど……すまない、後で謝るから許してくれ。

 ……大きく精悍な顔つきをした狼って、近くで見ると怖いだろう……?

 いや、俺はレオの事を怖いとは一切考えていないけどな……って、誰に言い訳しているのやら……屋敷に帰ったらレオに謝って怖くないと伝えよう、とにかく今は目の前の少女の事だ。


「うん、本当に優しい狼さんなんだよ。人を食べたり襲ったりはしないんだ。じゃないと、街の中まで入って来れないだろう? 衛兵さん達に捕まっちゃうからね?」

「……そう、なのかな……? よくわかんない」

「まぁ、そうかもね。でも、俺を信用してくるれるなら、後ろを振り返ってごらん。大丈夫だから、何も怖い事はないからね?」

「うん……わかった……」


 しょんぼりしているレオを見ても、まだ少女が怯えるかわからなかったが、この場にいる以上見せないと話が進まない。

 あの体の大きさで、少女に見せないように去るなんてできないし、この場所でレオと離れて行動するのも危ないしな。

 今会ったばかりの俺を、すぐに信用できるかは微妙だが、優しく声をかけ続けてくれたおかげで、少女は俺を信用してくれたみたいだ。

 俺の言葉に頷いて、恐る恐る振り返った。


「……っ……えっと、狼さん?」

「キューン……」

「っ! んん! ほら、大丈夫だろう? 狼さんは優しいから、君を襲ったりはしないよ?」

「うん、本当みたい。……ごめんね、狼さん」

「キューン、クゥーン」


 後ろを振り返った少女は、しょんぼりしながらこちらを見ているレオの大きさを見て、一瞬だけ体を震わせたが、勇気を出してレオに声をかけた。

 その声に応えるように、少女に対して情けない声を出すレオ。

 どれだけ怯えられたくないんだ……とは思うが、こんな小さな少女に食べられるとまで怖がられたら、ショックだよなぁ。

 そんな事を考えながら、レオから少女へ視線を移した時に、少女の腰……というより、お尻くらいの位置に人間には無いはずの物を見て、驚いた。


 その驚きを表に出さないように、一度咳払いをして、少女に優しく声をかける。

 優しい子なんだろう、怯えた事をレオに謝る少女。

 レオも、大丈夫だよというように、少女を怯えさせないようにゆっくり体を少女の方に向け、鼻先を近づける。

 相変わらずレオの声は情けなかったが……というより、お座りの体勢で体を反転させるって、中々面白い事をするなぁ、レオ。


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