第262話 イメージトレーニングをなんとかこなせました



「ふっ! はぁ!」

「ふん! せい!」

「はっ! はっ!」


 裏庭に、剣を持って想像上の敵と戦う人間が三人。

 傍から見たら、ただの素振りに見えるのかもしれないが、それぞれ何かと戦っている。

 しかしエッケンハルトさん……動きが凄く大きいな……それにやっぱり速い。

 俺やティルラちゃんと手合わせしている時は、手を抜いているのがはっきりとわかるくらいの鋭さだ。

 そうして、お座りしているレオに見守られながら、俺達は素振りを発展させたイメージトレーニングを続けた。


「はぁ……ふぅ……はぁ……全力でやってるから、日頃の素振りより疲れますね……素振りも全力でやっているつもりだったんですが……はぁ……」

「全身を動かす事もあるからな。素振りより疲れるのは仕方ないだろう」

「はぁ…はぁ……はぁ……」


 体感で1時間ほど、イメージトレーニングを続けて、一息つく。

 厨房から戻った時に見た、ティルラちゃんのような状態で、荒い息を整えながら、エッケンハルトさんと話す。

 ティルラちゃんの方は、乱れた息を整えようとするだけで精一杯のようだ。

 それに対し、エッケンハルトさんは息一つ乱していない……これが経験や元々の体力の違い……なのか?


「しかしタクミ殿はまだ良いのだが、ティルラはまだまだだな。想定敵をちゃんと想像できていないだろう?」

「……はぁ……はぁ……難しいです」

「ふぅ……はぁ……俺は、良かったんですか?」

「うむ。タクミ殿は完璧とは言い難いが、しっかり敵を想像できていたようだからな。私から見ても、ぼんやりと敵の影が見えそうなくらいだ」

「敵の影……」

「タクミ殿の動きから、敵がどう動いてるのか見えて来るのだ。それが、敵の影のように見えるという事だな。しっかり想像出来てる証拠だ」

「はぁ……」


 エッケンハルトさん程の達人ともなると、そういった事ができるらしい。

 自分もイメージトレーニングをしながら、俺達のそんな様子も見ていたなんて……どれだけ上達したらできるようになるか、想像もできないな。


「ワフ! ワフ!」

「ん? レオ、どうした?」

「ワフワフ、ワフー」

「もしかして、レオにも見えたのか? 俺が戦ってる敵の影が……?」

「何と……さすがシルバーフェンリル……と言ったところか……」

「さすがレオ様です!」

「ワフー」

「それじゃレオ、本当に見えたのかどうか質問するぞ? 俺が想像していた敵は、どんな相手だった?」

「ワフ? ワーフ!」

「オーク……当たりだ」

「……タクミ殿はオークとの戦いを想定していたのか。私にもそこまではわからなかったぞ……?」


 レオが何やら騒いでいるので、どうしたのかと聞いてみると、俺がしていた想像上の敵がレオにも見えたとの事。

 エッケンハルトさんとティルラちゃんは、レオがシルバーフェンリルというだけでそれを信じてるが、俺にとってはちょっと信じがたい。

 今までレオの強さを見て来たけど、俺にとってはマルチーズの頃からあまり変わった気はしてないからな。

 いや、確かに見た目は大きく変わり過ぎてるくらいだが……。


 ともかく、レオにどんな敵を想像していたのか質問すると、はっきりとオークが相手だったと答えた。

 エッケンハルトさんですら、そこまで見えなかったのに、レオにははっきりと見えてたようだ。

 ……もしかして、レオってエッケンハルトさんより達人?

 何の、とかシルバーフェンリルだから当然……とかそういう事はあまり考えない。


「タクミ殿が想像していたのはオークか……ランジ村の時、オークと戦ったのだったな。その時の想像か?」

「はい。何体かのオークと戦いましたからね。その時オークが襲って来た動きなんかを、思い出して想像しました」

「成る程、だからか……ティルラとタクミ殿の違いはそこだな」

「違いですか?」

「うむ。ティルラはこの屋敷からあまり出た事が無い。街に行く事はあるがな? だが、人間や魔物と戦った事は当然無いだろう」


 エッケンハルトさんが始めた、俺とティルラちゃんとの違いの説明。

 ティルラちゃんは、今まで戦うという事をした事がないのは確かだ。

 剣を習う事も俺と一緒に始めたのだし、そもそもまだ子供だからな、戦う事がなくて当たり前だ。


「もちろん、私やタクミ殿。レオ様との鍛錬で戦う……という事を一切した事がないわけでは無いが、それは手合わせで合って、真剣な戦いでは無い」

「そう、ですね」


 俺とティルラちゃんはほとんど手合わせしないが、何度かはある。

 とは言え、お互い本気で打ち合うとまでは行かない。

 未熟なうちにそんな事したら、どちらかが怪我をする可能性が高いと注意されてたからな。

 レオは攻撃をしてこないし、エッケンハルトさんは当然手加減をしている。

 つまり、本気で戦うような実戦を経験していない、と言いたいのだろう。


「対してタクミ殿は、ランジ村でのオーク。そして例の店での男達と、実戦を経験している。確かな身の危険を感じたはずだ」

「はい、そうですね」


 特にランジ村でのオーク達。

 あの時は、危機一髪でレオが助けに来てくれたが、それが無ければ命が危なかったのは間違いないしな。

 死ぬ事も覚悟した部分も多くある。


「そういった状況で戦うのと、手合わせとは違って当然だ。だからティルラは、敵というものを想像しづらいんだろう」

「成る程……」

「確かに難しかったです……でも、ちゃんとお父様を想像してました!」

「それは、手合わせの時、手加減した私だろう? 殺そうと襲って来る相手を想像するのとは、違うはずだ。まぁ、それが駄目と言ってるわけじゃないがな、ははは」


 説明し、頑張ってると主張するティルラちゃんに対し、笑って頭を撫でるエッケンハルトさん。

 まだ不十分だが、それでも駄目なわけでは無く、今はこのままイメージトレーニングを続ければ良いという事だろう……と思う。


「実戦を経験しないうちは、仕方ないだろう。ティルラはそのままで良いんだ。何にせよ、素振りだけよりは身につくものが多いはずだからな」

「はい……わかりました。頑張ります」

「そうだ、それで良い」


 エッケンハルトさんに言われて、納得したティルラちゃん。

 ちょっと悔しそうだけど、これなら明日以降も頑張ってイメージトレーニングで、腕を上げて行くんだろう。

 子供のティルラちゃんは、俺よりも伸びしろがありそうだしなぁ……エッケンハルトさんの子供だし。

 俺も、負けないように頑張ろう……。



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