第261話 夜の素振りがバージョンアップしました



「それじゃ、クレアさん。後はお願いします」

「アンネが妙な事をしないよう、見張っておきますよ」

「ははは、そんな事はそうそう無いでしょうけどね」


 クレアさんにアンネさんを任せ、俺達は裏にはへと向かう。

 エッケンハルトさんに見られながら素振りと言うのも、緊張するが、素振りの仕方を間違えていたりしてないか確認してもらえるだろうし、ありがたい。

 鍛錬の時を見る限り、エッケンハルトさんの体がなまってるなんて事は無いだろうから、きっとそういう理由で俺達を見たいんだろうなぁ。



「あぁ、先に薬草を作って良いですか?」

「うむ。雑事は先に済ませておいた方が良いからな。その方が鍛錬にも集中できる」

「タクミさんの『雑草栽培』、私も見ます!」

「ワフ」


 裏庭について、先にヘレーナさんに渡す滋養強壮の薬草を作る事にする。

 エッケンハルトさんのように、雑事とは思わないが、鍛錬に集中するために用事は先に済ませておいた方が良いからな。

 ティルラちゃんは、お座りしているレオにしがみ付いて、一緒に俺を見守るようだ。

 ……『雑草栽培』を見るよりも、レオのモサモサの毛にしがみ付いてるのが、気持ち良いからなんだろうな。


「ふむ……改めて見ても、不思議な光景だな。薬草が簡単に地面から生えて来る」

「まぁ、使ってる俺自身、不思議とは思いますね」


 『雑草栽培』には慣れて来たが、それでもやっぱり手を付いた地面から、ニョキニョキと植物が生えてくるのは不思議な光景だ。

 どういった力が、どう作用して栽培できるのか、よくわかってないからな……わかってても不思議な光景かもしれないが……。


「それじゃあ、この薬草をヘレーナさんに届けて来ます」

「うむ。私は、ティルラと先に鍛錬を始めておこう」

「ワフワフ」


 エッケンハルトさんに断って、いくつか栽培した滋養強壮の薬草を持って、裏庭から離れる。

 レオは俺について来るようだけど、厨房に入っても大丈夫なのか?


「失礼します、ヘレーナさんはいますか?」

「はいはい、タクミ様。こちらにいますよ」

「あぁ、ヘレーナさん。約束していた物を持ってきました」

「仕事が早いですね、タクミ様。もう少し後だと思ってました」

「忙しそうですから、早めに届けた方が良いと思って……」

「ワフワフ」

「おや、レオ様もご一緒なのですね?」

「ワフ!」


 厨房に来て、ヘレーナさんがいるかを確認しようとしたら、向こうが先に俺に気付いたようだ。

 今は手が空いていているようだ、ちょうど良かったな。


「すみません、食べ物を扱う場所にレオを連れて来て……」

「良いんですよ。レオ様はシルバーフェンリルですからね。この屋敷ではレオ様を邪険にするような者や場所はありませんよ」

「はぁ……」

「ワフ、ワフ」

「レオ、夕食ならさっき食べただろ? 食べ物の匂いがするからといっても、おやつは無いぞ?」

「クゥーン……」

「あははは、レオ様は夕食だけじゃ足りなかったようですね。ソーセージ、追加しますか?」

「ワフ!」

「いえ、癖になったらいけないので……。レオ、駄目だぞ」

「ワフゥ……」


 厨房であっても、レオは特別扱いで入っても良いそうだが、ここは色々な匂いがするからな。

 食べ物の匂いに反応したレオが、今のように食欲をそそられてはいけない……あまり連れて来ないようにしよう。

 ヘレーナさんからの申し出に、尻尾をブンブン振っているレオに、変な癖がついてしまわないよう注意する。

 しおれた尻尾を見ながら、明日の朝はたっぷり朝食を用意してもらおうと考えた。

 ……俺も、結構レオに甘いなぁ。


「それはともかく、ヘレーナさん。滋養強壮の薬草です」

「はい、確かに。明日には処理を終わらせて、いつでもワインに混ぜられるようにしておきますね」

「お願いします。さぁ、レオ行くぞ」

「ワフ!」


 ヘレーナさんや、厨房にいる他のコックさんに挨拶をして、レオを連れて厨房を出る。

 明日のラモギを混ぜたワインの出来次第で、すぐに滋養強壮の薬草を使ってみる予定なんだろう。

 やる気のヘレーナさんだけど、まだ調合が始まってすらいない……ミリナちゃんと一緒に頑張ろう。


「戻りました」

「ワフ」

「はぁ……はぁ……レオ様……はぁ……タクミさん!」

「おぉ、タクミ殿にレオ様。戻ったか」

「……ティルラちゃんが随分疲れてる様子ですけど、どうかしたんですか?」

「ワフ?」


 裏庭に戻ると、俺とレオを見つけて笑顔のティルラちゃんだが、その息は荒く、整えるのに必死な様子だ。

 いつもの素振りならもう大分慣れて来てるから、汗を掻くぐらいはするが、ここまで息が乱れる事はないはずなんだけど?

 隣で、ティルラちゃんの様子を見たレオも首を傾げてる。


「なに、素振りの方は体に染みついているようだからな。新しい鍛錬を、と思ってな?」

「新しい鍛錬、ですか? でも、こんな夜に……」

「これは一人でやる鍛錬だから、性質は素振りと似ているのだ。傍から見ると、素振りをしているようにしか見えないしな」

「素振りと似ている? どんな鍛錬なのですか?」


 エッケンハルトさんがティルラちゃんに課した、新しい鍛錬。

 俺も一緒に鍛錬している身だから、興味がある。


「素振りは、体作りのための鍛錬だ。新しい鍛錬は、体と考えを鍛えるものだな」

「考えを? どうやるのですか?」

「それは簡単だ。いつものように素振りをする感覚と一緒に、剣を振る時、相手がいると想定して振る事だ」

「相手を想定して……イメージトレーニング、ですか?」

「そうだ。相手がどんな動きをするか、どう避けるのか、などを想定しながら相手に当てるように剣を振るのだ」

「成る程……」


 ボクシングのシャドーボクシングのようなものだろう。

 相手の動きを思い浮かべ、想定敵を倒すように剣を振る……ただの素振りよりは、疲れそうだ。

 だからティルラちゃんは、必死に剣を振って疲れてしまったのだろう。


「通常よりも多い素振りで、タクミ殿とティルラは剣を振る事を体に染みつけた。これをさらに敵を思い浮かべ、それと戦う事を想定する事ができるだろうと思ってな」

「そうですか、それじゃあ俺も……」

「うむ。タクミ殿もやると良いぞ。私も久々にやる事にする」

「はい」

「まだまだ、私もやります!」


 エッケンハルトさんの説明を聞き、納得した俺は、イメージトレーニングに取り掛かる。

 えーと、対象の敵は……裏庭は広いから、ランジ村で襲って来たオークで良いか……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る