第260話 アンネさんは荒療治を受けたくないようでした



「ははは! アンネリーゼも、私のようにレオ様に慣れるため、荒療治が必要かな?」

「荒療治ですの?」


 ワインの選別ができる事に感心していたアンネさんが、レオを感心したように見る。

 レオの方が、自慢するように頷いているのを見ながら、アンネさんが感心していると、レオが一度首を傾げ、軽く吠えた。

 それに対し、アンネさんは驚いたように声を上げ、少し椅子を引いてレオから離れようとしている。

 クレアさんの言う通り、レオは人を襲ったりはしないんだが、それがわかってても怖いらしい……こんなに可愛いのに……。


 その様子を見たエッケンハルトさんが、自分にされた荒療治をアンネさんに提案して、アンネさんの方は興味がありそうだ。

 でも……あの方法を怯えてる女性にするのはなぁ……ゲルダさんの時も荒療治とばかりに、レオに乗せて慣れてもらったが、アンネさんの方が怯えてる様子だし……やって良いものか悩む。


「荒療治っていうのはだアンネリーゼ。レオ様に早く慣れて安全だと思ってもらうために、レオ様に乗って走ってもらうんだ」

「……レオ様に……ですの?」

「そうよ、アンネ。レオ様に乗って走ってもらう事で、人間に危害を加えないという事を知ってもらうのよ」

「ワフ」


 エッケンハルトさんが説明し、クレアさんが補足する。

 それに対し、アンネさんの方はいささか引き気味……そりゃそうだ。

 恐怖の対象であるレオに乗って、さらに走るなんてアンネさんからしたら怖さ倍増なのは間違いないだろうしなぁ。

 まぁ、おかげでエッケンハルトさんも、ゲルダさんも短期間で慣れてくれたんだけど……。

 レオも人を乗せるのが好きな様子だから、頷いて尻尾を振ってる。


「まぁでも、荒療治はしなくとも、レオと接してれば安全だとわかって慣れて行くんじゃないですか?」

「それはそうですけど……でも、レオ様がこのまま怖がられるというのは、かわいそうですよタクミさん?」

「確かに……でも、アンネさんにそれをしても良いのかどうか……」

「わ、わ、わ、私……それはちょっと……遠慮させていただきますわ……」

「そうか? 慣れるためには、一番の近道なんだがな……」

「お父様も、悲鳴を上げて楽しそうでしたものね?」

「それは、ラクトスから帰る時の事だろう。あれではなくだな……」

「ワフ?」


 確かにクレアさんの言う通り、このままレオが怖がられてるだけ……というのはかわいそうだと思う。

 レオは可愛くて、怖がる存在じゃないと教えたいんだが……アンネさんとしては、さすがにそんな荒療治は受けたくないようだ。


「無理矢理はよくないですよ? レオも、あまり脅かさないように気を付けて、アンネさんに慣れてもらおう?」

「ワフワフ」

「そうですか……タクミさんがそう仰るなら……」

「残念だな」

「……慣れるなんて、できるかわかりませんが……その荒療治とやらを受けないよう、頑張りますわ……」

「ははは、まぁ、ゆっくりレオと接してれば、頑張らなくてもそのうちレオが可愛いってわかりますよ」

「可愛い……あの狼、シルバーフェンリルが……ですの? ……やっぱり、タクミさんは只者じゃありませんわ……」


 無理強いは良くないからな。

 ゲルダさんの時は、怯えながらもレオに興味はあったようだし、アンネさんのように恐怖ばかりじゃなかったというのもある。

 今回は荒療治で慣らす事を止めておこう。

 クレアさんとエッケンハルトさんは、残念そうだが……。


「シェリーは平気なのに、不思議ですね?」

「シェリーはまだ小さいからかな?」

「……この可愛い子がなんなんですの? いつのまにクレアさんがこんな子を、飼い始めたのかは知りませんけれど」

「キャゥ!」


 首を傾げながらシェリーを持ち上げ、アンネさんへと近づけるクレアさん。

 アンネさんは、シェリーの事を知らない様子で、可愛がるように頭を撫で、気持ち良さそうに鳴くシェリーを可愛がってる。


「その子……シェリーは、私の従魔で……フェンリルなのよ?」

「フェン……リル……本当なんですの?」

「キャゥ!」

「ワフ!」

「うむ」


 クレアさんは、シェリーがフェンリルである事をアンネさんに伝えた。

 それを聞いたアンネさんの方は、体を固めてシェリーを見つめる。

 こめかみからツゥーっと汗が流れてるようだけど、大丈夫かな?

 何とか絞り出したアンネさんの言葉に、シェリーを始め、レオやエッケンハルトさんも肯定するように頷いた。


「フェンリルと言えば、恐ろしい魔物! シルバーフェンリル程ではありませんが、それでも恐れられている魔物ですわよね!? それがどうしてクレアさんの従魔なんて……!」

「レオ様やタクミさんのおかげよ。森で傷ついた所を助けたの。屋敷に連れ帰る途中で懐いてくれて……すぐに従魔になってくれたわ」

「フェンリルが簡単に従魔なんて……信じられませんわ……」

「キャゥ?」


 助けた、という事が大きかったとは思うけど、近くにレオがいたという事も大きいかもしれない。

 何かあれば、自分より強大な存在であるレオがいたからなぁ……服従するしかなかったのかもしれない。

 まぁ、当のシェリーは、驚いて叫んだ拍子に離れたアンネさんの手を見て、「もう撫でてくれないの?」と言うように首を傾げてるが……そのまま犬のようになってるな。

 フェンリルだとか、レオがいたからとか関係なく、子供だからかもしれないな。


「シルバーフェンリルだけでなく、フェンリルまで……公爵家に手を出そうとしたお父様は馬鹿ですわ……」

「それを提案したのは、貴女なんだけどね……?」


 食後のティータイム中、ブツブツと呟いていたアンネさんに、クレアさんが突っ込んでいる。

 その様子を見ながら、しばらくまったりとして、解散した。

 アンネさんの方は、クレアさんが見てくれるようだから大丈夫だろう。

 アンネさんに撫でられるのが気に入ったのか、シェリーも一緒だしな。


「これからどうするのだ、タクミ殿?」

「ヘレーナさんに渡す薬草作りと、剣の素振りですね」

「私も素振りです!」

「そうか。続ける事が力になる。どれ、私も一緒に素振りをしよう。体がなまっていかんからな」

「ワフ」

「はい」


 俺が立ち上がるのを見て、エッケンハルトさんがどうするのか聞いて来た。

 これからの予定は、日課の素振りと、滋養強壮の薬草を幾つか作る事だ。

 素振りはティルラちゃんも一緒だな。

 エッケンハルトさんとレオは、俺とティルラちゃんに付いて来るつもりのようだった。


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