第180話 ワインを買い取りました



「本当によろしいのでしょうか……?」

「良いんですよ。この村のワインは美味しいですからね。ワインの美味しさを教えてくれたお礼と考えてもらえれば」


 ハンネスさんは遠慮気味ではあるが、俺の話には乗り気な様子だ。

 そりゃあ、ワインを捨てる事で村が厳しい事になるはずなのに、それを買い取ると言ってくれる人が現れたんだから、渡りに船と思う事だろう。

 村の事を考えたら、遠慮をするだけじゃいけないからな。


「……ありがとうございます。ありがたく、ワインを売らせて頂きます。しかし、値段の方はもう少し安くしても……」

「いえ、卸値で良いんですよ。安く買い叩く気はありませんからね。まぁ、買ったワインで商売をするわけでもありませんが……」

「本当に、色々な事で私共の村を助けて頂いて……なんとお礼を言ったら良いのか……これで、明日来る商人からも、十分な量のブドウを買えます」


 ハンネスさんも了承し、ワインを買い取る事が決まった。

 俺に対して恐縮しきりで、泣き顔のようになりながら感謝をしているハンネスさんだが、ちょっと気になる事を言ったな。


「……明日、仕入先の商人が来るんですか?」

「はい、その予定になっております。数カ月に1度、村に来てワインの原料であるブドウを仕入れる事になているのです。タクミ様からの申し出が無ければ、いつもより少ない量の仕入れになるところでした」


 明日はいつもの予定なら、ブドウを仕入れて持ってくる商人がこの村に来る日らしい。

 隣の伯爵領からの商人……か。


「その商人は、ガラス球を持って来た商人とは?」

「いつもこの村に来て下さる方なら、別の方になります」

「そうですか……」


 その商人がガラス球を持って来た人と同じ人物なら、捕まえて……なんて考えてはみたが、どうやら違う商人らしい。

 ガラス球を持って来た商人は、最初の目的が達成されたからもう来なくて良いという事なのかもな。

 元々この村に来ていた商人だという事だがから、ガラス球の件には関わっていないのかもしれないが……一応、話を聞いておくのも良いかもしれない。


「明日訪れるその商人ですが、俺も会って良いですか?」

「それは可能ですが……何か気がかりな事でも?」

「いえ、球を持って来た商人との関わりとか、色々聞きたい事がありまして」

「そうですか……いつも来る方なので、その方が何も関わっていなければ良いのですが……」


 ハンネスさんにとっては、いつも仕入れをする得意先のような相手だ。

 当然ある程度人となりを知っているから、その人が悪事に加担しているとはあまり考えたくないんだろう。

 本当に関わっているかどうか、俺にはわからないが、ガラス球を持って来た商人の事は何かしら知っているのは間違いない。

 何せ、以前いつも来るはずのその商人の代わりに、ガラス球を持って来た商人が来たのだから。


「よし、さっさと薬草を作ってしまおう」


 ちょっと遅めの昼食後、ハンネスさんの家の裏にて、薬草作りを始める。

 ハンネスさんは、破棄用ワイン樽を見て、卸値の合計を計算しに行った。

 作った薬草を包む布も用意してもらって、準備万端だ。


「……それは良いけど……考えたら全部自分でやらないといけないんだよな……フィリップさん達に渡したラモギもそうだった」


 ここは屋敷ではないため、当然手伝ってくれる人はいない。

 俺一人で栽培した薬草を摘まないといけないし、状態を整えた物を包まないといけない。

 ラモギだけならそれでも良いんだが、色々な種類を作るとなると、そういった細かい作業が負担になって来る。

 ……まぁ、時間に余裕があるから、のんびりと作って行こう。


「……しかし、一人で黙々と作業するのには慣れてると思ったが……やっぱりちょっと寂しいな」


 屋敷にいる時は、クレアさんやライラさん、ティルラちゃんやミリナちゃんがいてくれた。

 セバスチャンさんもそうだ……この世界に来て、俺一人だけという状況はほとんど無かった事に気付いた。

 屋敷の人達だけじゃなく、いつもレオがいてくれたからなぁ。

 いて当然と思う程一緒にいたレオだけど、やっぱりいなくなると、何かが足りないと思う程寂しく感じるものだ。


 改めて、誰かが近くにいる事はありがたいと実感しながら、せっせと薬草づくりに励んだ。

 ……寂しさを紛らわせるための、現実逃避では決してないと思いたい。


「タクミ様、こちらにおられましたか」

「……はぁ……ふぅ……ハンネスさん?」


 薬草作りの後、体がなまってしまわないように、村の中をランニングしていた俺に、ハンネスさんが声を掛けて来た。

 走って乱れた息を整えながら、返事をする。


「こんな所でどうなされたのですか?」

「……はぁ……はぁ……いえ、走って体を鍛えていただけですよ」

「そうですか」


 声を掛けられた場所は、ハンネスさんの家から見ると村の反対側。

 破棄用のワイン樽が置いてある場所から近い所だ。

 適当に走っていたら、いつの間にかこんな場所に来ていた。

 もしかしたら、ハンネスさんは俺を探してくれたのかもしれない……余計な手間を掛けさせてすみません。


「タクミ様、買い取ってもらえる樽の計算が終わりました」

「いくらになりましたか?」

「……本当によろしいのでしょうか?」


 ハンネスさんは、まだ遠慮しているようだ。


「良いんですよ。また美味しいワインを作ってくれれば、それで」

「わかりました、本当にありがとうございます。では、ワインの値段ですが……」


 破棄用のワインを、卸値で売った場合の料金をハンネスさんに教えてもらう。

 樽の数が相当あったから、相当な値段だと思っていたが、予想よりは安かったようだ。

 もしかしたら、遠慮気味なハンネスさんが割引をしてくれたのかもしれないな……。

 とりあえず、持って来ていたお金で足りるようで一安心だ。


 村にあるワインの半分を買い取れる程のお金を持ってる俺って……今までだと想像出来なかったんだけどなぁ。

 公爵家の人達が、ちゃんとした報酬を用意してくれるおかげだ、以前の会社とは違うな。

 それほど価値のある薬草を、簡単に用意できる『雑草栽培』にも感謝だな。


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