第179話 破棄されるワインの事を考えました



「あぁ、そうだ。ハンネスさん。出来れば外で人目に付かない場所ってありますか? あと、清潔な布とか……」

「人目に付かない場所ですか? ……それなら、私の家の裏がいいでしょうか。村の端なので、誰も家の裏までは来ません。……ですが、そこで何をなさるのですか?」

「いえ、公爵家の屋敷には戻りませんが、仕事をしておこうと思いまして。ただここでのんびりするというのもね……」

「私共としては、のんびりして頂いて構わないのですが……熱心な方ですね。それなら、家の裏は自由に使って下さい。人目……という事は、私達も近づかないようにします。布の方もすぐに」

「すみません、お願いします」


 公爵家の仕事、と言った事で、ハンネスさんは見てはいけない仕事だと感じたようだ。

 『雑草栽培』を見られないためだから、誰も来ない場所というのはありがたい。

 この村にいて、経過を見るにしても、何もせずのんびりするというのも気が咎める。

 それなら、暇な時間でラクトスに卸す薬や薬草をを少しでも作っておきたいからな。

 もちろん、剣も持って来ているから、鍛錬もするつもりだ……こういうのは、出来る時にやっておいた方が良いと思う。


 ハンネスさんが布を取りに、村の入り口から離れようとした時、俺のお腹が「ぐぅ~」という音で空腹を訴えて鳴ってしまう。

 そういえば、お昼も食べて無かったな……。


「先に、昼食の用意をさせます」

「すみません……」


 屋敷でも以前あった事だが、正直な自分のお腹が恥ずかしい……。

 クレアさん達の前でなくて良かった。


「どうぞ、腕によりをかけて村の者と一緒に作らせて頂きました」

「ありがとうございます。頂きます」


 しばらく後、昨夜宴のあった村の広場にて、昼食を食べ始める。

 ハンネスさん曰く、特別な用が無い場合は、こうしてここで村の様子を眺めながら昼食を食べる事にしているそうだ。

 昼……は大分過ぎてしまったが、明るい時間に村の人達の様子を眺めながら、食事をするというのも悪くない事だと思う。

 ハンネスさんは村長として村を見守るためにしている事だろうな。

 村の皆は、病が治った事で明るく過ごしているように見えた。


「そういえば、ハンネスさん。半分程のワインが使えない事になりましたが……村の収入は大丈夫ですか?」


 本当なら、俺が心配する事でも無いのかもしれないが、村の様子を見ていると、ワインを主産業にしているこの村の事が気にかかった。

 小さい村だから、半分もワインが駄目になったとなると、厳しいんじゃないだろうか?


「そうですね……正直に申しますと、少々厳しい事になると思います。村の者達には苦労を掛けますが、しばらくは節制する事になるかと……」

「そうですか……」


 やはり村にとっては結構な痛手のようだ。

 この世界の季節に関してはよく知らないが、冬とか物入りな時期を無事に過ごせる程の蓄えというのは、小さな村にとっては重要な事だろう。


「ふむ……」


 村の人や、ハンネスさんの奥さんが丹精込めて作ってくれた料理を頬張りながら考える。

 ワインを半分失う事になるこの村は、しばらく厳しい事になるかもしれない……。

 ワイン作りは詳しくないが、あれだけの量をもう一度作るのに、1カ月や2カ月でどうにかなるものじゃないだろう。

 それこそ、年単位で手間がかかるのが酒作りなのかもしれない。


 あと、正直あれだけ美味しかったワインが、病の気配がしたからと言って、全て活用されずに捨てられる……というのはもったいない気がするしな……。

 こういう所は、日本人気質なんだろうな、俺。


「ワインの市場価格……いや、それだと高過ぎるか……卸値で良いかな」 

「どうかされましたか、タクミ様? 料理がお口に合わなかったり……?」

「いえ、料理は十分に美味しいので満足ですよ。そうではなく、破棄扱いになるワインの事なんですが……」

「え?」


 俺が食事をしながら考え込み、一人呟いていると、難しい顔をしてしまっていたのか、ハンネスさんが料理の味の方を心配して声を掛けられた。

 料理の方は、朝や昨夜と変わらず十分に美味しいので、安心して欲しい。

 豪華な作りじゃないが、ホッとする味で、庶民の俺としては安心する味だ。

 ……そうだな、節制をしなきゃいけないはずなのに、これだけ美味しい料理も用意してもらってるんだから、俺に出来る事をしよう。


「ハンネスさん、物は相談なんですが……」

「改まって、どうされましたか?」

「破棄されるワイン……あれを全て卸値で俺に売ってくれませんか?」

「何と!? あのワインを買って下さるのですか!? しかし……あれらは疫病に罹る恐れがあるため、飲めない物とのことですが……」

「あれを飲んだら病になるので、確かに飲めないでしょうが……どうにか出来ないかと思うのです」


 例えば、煮沸消毒して病の病原菌を殺してからとか……利用法は何かあるかもしれない。

 この世界で病原菌というものがあるのか、ワインを煮沸して良いのかはわからないけどな。

 そもそも、お酒を沸騰させたらアルコールが飛んでしまうしな。

 まぁ、どう利用出来るかも定かではない、単なる思い付きだ。


「利用法に関しては、色々な人に相談してみます。もしかしたら何かに使えるかもしれません。もちろん、病をこれ以上広げるためとかでは無いですから、安心して下さい」

「タクミ様がそのように利用される事は無いと、信用しております。しかし……捨てるだけのワインを卸値で売るなどと……」


 色々な知識のあるセバスチャンさんなら、何か考えてくれるかもしれない。

 もしセバスチャンさん駄目でも、料理に詳しいヘレーナさんに聞いても良いかもしれないな。

 ……どうしても利用法が見つからなければ、捨てるしかないかもしれないが。


 それに俺には、薬草を卸す事で貰っている報酬がある。

 使い道も無いのに増えるばかりのお金は、こういう時に有効に使うべきだ……村のためと考えると、無駄使いとは決して思わない。

 念のためと、セバスチャンさんにこっそり言われて、ある程度のお金を持って来てある。

 ……使う事なんて無いと思ってたんだがな。



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