第168話 美味しいワインを頂きました



「こちらもどうぞ。村自慢のお酒です」

「……お酒……ですか……。赤ワイン?」


 ハンネスさんが持って来てくれたのは、樽に入ったお酒。

 その中は赤い液体で満たされており、アルコールの匂いと一緒にブドウの香りがする。

 この世界でお酒は初めて見るが、どうやらここではワインを飲むのが一般的らしい。


「この村で作っている物でございます。公爵様の領内では、特産品として扱われています」

「特産品……」


 考えてみれば、俺は今までクレアさん達公爵家が薬草以外の商売をしている事は聞いていたが、どんな物を扱っているのかを知らない。

 ハンネスさんが持ってきた樽は、人と同じくらいの大きさで、中には並々とワインが入っている。

 これだけじゃないんだろうが、これを特産品として売る事で利益を得ている部分もあるんだろう。

 だから、セバスチャンさんやクレアさんも、俺がこの村の病気を治しに行く事に反対しなかったし、クレアさんに至っては俺にどうしたら救えるのか相談して来たのかもしれない。

 こういう物を作る拠点は重要だからな。

 ……まぁ、俺の考え過ぎで、単純に公爵家の方針に従って領内の村を助ける、というだけなのかもしれないが。


「私達の村は、近くの森の木を伐り、その木からこのワインを作るための樽……オーク樽を作っているのです」

「そうだったんですか」


 レオで森の近くを走っていた時、ランジ村は林業とかをしてるのではないかと考えたが、当たらずとも遠からず……と言ったところだったようだ。

 樽に使われる上質な木が近くにあるから、それを伐採し、オーク樽を作るのと同時に、ブドウを熟成させてワインを作って村の収入源にしているんだろう。


「でも、ワインの元になる果実はどうしてるんですか? 村に来る途中に見る限りだと、周りにそれらしい畑はありませんでしたが……」

「ブドウですね。それは、少し距離があるのですが、別の場所から仕入れております」


 この世界にもちゃんとブドウという名前そのままであったみたいだ。

 もし名前が違ったら伝わらないから、果実と言ったが、ちゃんとブドウがあって良かった。

 俺が考えてるブドウと同じかはわからないけどな……今までロエだとか、ラモギだとか……見た目は同じなのに名前が微妙に違う物があったから、今度は逆に名前が同じで見た目が違ったりするかもしれない。


「遠くから仕入れているんですね。それだと、病気で動けない間色々大変だったのでは?」

「そうですね……仕入れにお金を使う以上、ワインを生産しない事には村は立ち行きません。ただ、この土地ではブドウが育たないので……タクミ様のおかげで、これからもワインを生産して行けます」


 気候なのか、土のなのか、原因はわからないがこの村付近だとブドウが育たないのか……だとすると、仕入れるのも仕方ないのかもしれないな。

 どうしてもコストがかかる事が気になってしまうが、ほかに目ぼしいものがなければそれに頼るしかないのだろう。

 それに、近くにある森は大きく木は沢山あるから、枯渇する心配はないだろうしなぁ。

 森の近くに住み、木を加工する事に長けた村だからこそ、そういう生計の立て方になったのかもな……さすがに経営や村単位の運営の知識は無いから、詳しい事はわからないけどな。

 ……多分、ワイン以外にも樽を作って荷物用とかもありそうだ……馬車に乗せて運んだりな。


「さて、話し込んでばかりではいけませんな。今宵はタクミ様のための宴。存分に楽しんで下さい」

「ここまでしなくても良かったんですが……ありがとうございます」


 明日に帰ると考えて、それまでの食事と寝床さえあれば十分だったんだが……周りを見ると、元気になった村人たちが楽しそうに過ごしてるから、今更断る事は出来そうにない。

 ありがたく、料理とお酒を頂く事にした。

 お酒は、あまり好きじゃないんだけどな……。


「ん……ゴク……美味い! これはほんとにワインか!?」

「お気に召しました?」

「ええ。ワインはあまり飲んだ事が無いのですが……これは今まで飲んだどのお酒よりも美味しいです!」


 ワイングラス等は当然無いから器は木で出来た物だが、一口飲むとそれが気にならない程の甘さが口の中に広がった。

 今までワインと言えば、コンビニで売ってるような安い物しか飲んだ事の無い俺には、衝撃の美味しさだ。

 ブドウとは思えないフルーティな甘さで飲みやすく、かすかな酸っぱさは酸味だろうか……香りが口の中で広がり、飲み込んだ後も爽やかさが口の中に残っている……。

 なんて、お酒の品評なんてした事の無い俺が、適当な言葉を並べて脳内で品評してしまう程美味しい。

 今まで飲んだワイン、それ以外のお酒も含めて何だったのかと思うくらいだ。


「お気に召したのであれば幸いです。ワインでしたら、沢山ありますから満足行くまで楽しんで下さい」

「ありがとうございます!」


 思わず大きな声で感謝をしてしまう程、このワインとの出会いは衝撃だった。

 勧められたから、一応というかたちで飲んだんだけどな……。

 ワインはアルコールが低いのか、思ったよりも酔わない事を不思議に思いつつ、一緒に料理も食べる。

 横ではレオががっつくようにソーセージを食べていた。


「料理もおいしいですね……ワインによく合います」

「ワインを作る村ですから、料理にも合う物をいつも考えております」


 料理をワインに合わせたのか、ワインを料理に合わせたのか、どちらが先かはわからないが、どちらもよく合っていて思っていたよりも満足出来そうだ。


「薬師様……この度は本当にありがとうございました」


 料理を食べてる途中、代わる代わるお礼を言いに来る村人達と話をしながら、ワインを楽しんだ。

 レオは、お酒には興味がないのか、満腹までソーセージを食べた後、牛乳を飲んで幸せそうな表情を浮かべていた。

 病気が治った村人達の笑顔を見ながら、美味しいワインと料理を頂く……最高の贅沢かもしれないな。


「お~タクミ様~。楽しんでるか~い?」

「……フィリップさん?」


 贅沢な時間を享受していると、別のテーブルから千鳥足になったフィリップさんが上機嫌で声を掛けて来た。



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