第151話 ラモギ販売の打ち合わせをしました




「ランジ村に向かうのは明後日ですね。それまでに、時間を掛けずに発動出来るよう練習ですな」

「そうですね。今はまだ魔力の感覚に慣れていませんから、発動までに時間が掛かってしまいますからね」


 時間に余裕がある時は良いが、逃げなきゃいけない時にいちいち今の動作を最初からやっていたんじゃ、使う事も出来ないだろうしな。

 それから夕食前まで、セバスチャンさんにコツなんかを聞きながら、魔法の発動を繰り返す。

 魔法が使える事が嬉しくて、疲れは一切感じなかった。


「タクミ様、夕食の用意が出来ました。そろそろ食堂にお越し下さい。ティルラお嬢様も……」

「わかりました」

「はいです!」


 しばらく魔法の練習をしていると、ライラさんが夕食に呼びに来てくれた。

 近くで俺の魔法を見ていたティルラちゃんは、ライラさんが持って来たタオルを受け取りながら元気よく答える。


「タクミ様」

「どうしたんですか、セバスチャンさん?」


 レオやシェリーと一緒に、食堂へ向かったティルラちゃんを追って行こうとした俺を、セバスチャンさんが呼び止める。

 何かまだあるんだろうか?


「魔法の事とは関係がありませんが、ラクトスでの薬草販売についてです」

「何かあったんですか?」

「今の所順調に薬草は売れているとの報告を、カレスから頂いております。評判の方も大変よろしいようです。余裕のある住民はこのままで十分に薬が行き渡る事と思います」

「余裕のある住民は……ですか」


 含みのあるセバスチャンさんの言い方に、少しだけ考える。

 日本でも当然あった事だが、貧富の差というものがある。

 富裕層は当然病に罹っても、簡単に薬を買う事が出来るが……貧しい人達は日々の生活にいっぱいいっぱいで、物が揃っていても買う事が出来ないかもしれない。


「ラクトスの街にも、貧しい者はいます。ニックもその一人だったようですが……それはともかく、そういった者達は薬が欲しくても、買えない可能性が高いと思われます」

「そう、ですね」

「最悪の想定ですと、そういった貧しい者達が例の店で効果の無い薬を買う事ですね」

「安く売ってくれるから、ですか?」

「そうです。効果の有無は、買う者達全てがすぐに判断できるものではありません。何とか買えた薬……でですがそれは効果が無い……病はもちろん治る事がありません」

「悪循環……ですね」


 安い薬を買ったはいいが、効果が出ない。

 病に罹って床に伏してる人達は当然働けないから、生活を切り詰めてでも薬を求める。

 けど高い薬は買えないから、例の店がそこに付け込んで安い薬を売りつける。

 当然効果は無いが、貧しい人達はそれでも病を治すために薬を求めるようになる……といった循環が生まれかねない。


「現状でそこまでの循環が生まれてる様子はありません。ですが、そうなる前に手は打っておきたいのです」

「成る程……確かにそうですね。悪循環が生まれてまれてしまうと、そこから抜け出すのは難しいですからね」


 ローン地獄とかな……まぁ、これは日本での話だが。


「カレスの店で扱うタクミ様の薬なのですが……ラモギだけを安く……子供でも買える程の値段にするとしたいと考えています」

「それは良いかもしれませんね。……ですが、そうすると市場が混乱しませんか?」

「……そうですね……ある程度は他の商人達にも説明する必要があるでしょうが……混乱する事は避けられないかもしれません」


 ラモギを適正の価格で売るから、収支が成り立って商売になる。

 それを領主の店で格安で売ってしまうと、個人でやってる店なんかは、商売が成り立たなくなってしまうかもしれないからな。

 大規模な全国的なお店がやる価格破壊で、個人商店が……という、日本でもあり得る事態だ。

 セバスチャンさんは、提案しておきながらあまりこの手は使いたくないのだろう……その顔は悩むように歪んでいる。


「ラモギだけの限定……それと、現在流行中の疫病が鎮まるまでの間……という事なら、影響は少ないかもしれません」

「影響は無くなる事は無いでしょうね。短期間であれば、街の住民のために良いかもしれません」

「当然、今までに買われたお客様には、説明する必要があるでしょうな」


 まぁ、普通の値段で買ったのに、ある日いきなり格安にされたら損したと感じる人もいるから、それは仕方ないと思う。


「タクミ様の作られた薬草なので、タクミ様にも許可をと思いまして……」

「成る程」


 そう言えば契約内容の中に、卸した薬草は適正価格で販売する事。

 過剰に値を吊り上げたり、下げたりする時は、俺の許可を得る事とあったな。


「俺は構いません。ちゃんとした理由ですしね。貧しい人達にもしっかり薬草が行き渡って欲しいと思います」

「ありがとうございます。明日にでも早速、カレスに報せてラモギの値下げを実行します。……それに、これにはもう一つ狙いがありましてな」

「もう一つの狙い?」


 俺が許可を出してから、それを言うのは卑怯な気がしたが、俺には何の不利益も無いので気にする必要は無いか。

 セバスチャンさんの狙いと言うのは何だろう?


「例の店ですが、ラモギが貧しい者達にも行き渡るようになれば、当然売れ行きが落ちるはずです」

「そうでしょうね」


 疫病が広がっている今だから、粗悪な薬を売るという商売が成り立ってる部分もあるはずだ。


「我々がラモギの格安販売で、病気の終息を計れば例の店で買う者も減るはずなのです。……もしかしたら、何か動きがあるかもしれません」

「あぶり出し……という事ですか」


 まぁ、向こうは悪質な商売をしているのだから、こちらが正規の手段で行っている分には良いと思う。

 あぶり出しなんて、聞こえはあまり良くないかもしれないが、それで例の店が自滅するように仕向けられるなら、良い事だ。

 しかし、セバスチャンさんを敵に回すのは怖いな……なんて考えたが、敵に回す気はない。

 味方にいると心強い事この上ないからな。

 そういう事なら、俺からも協力する事にしようと思う。

 俺も何か、悪質な店に対して何か出来ないかと考えていたから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る