第149話 負けない事の大切さを教えられました



「覚えているのであれば、詳しい説明は省きます。……タクミ様に魔法を教えはしますが、実戦では確実に使えるとは言い難いかもしれません」

「実戦では使えないんですか?」


 昨日セバスチャンさんが言っていたのは、剣でどうにか出来ない場合に魔法で対処をするという話だったはずだ。

 でも、実戦で使えない可能性が高いのなら、覚える事に意味はあるんだろうか?


「実戦で使える魔法は、無詠唱魔法になります。ですが、これは習得に相当な修練が必要なものなのです。まずは魔法を使えるようになり、呪文に慣れていずれ無詠唱を使えるようになれれば、と考えています」

「成る程……」


 確か、以前言われたのは……戦闘中に長々とした呪文を唱える暇はないため、無詠唱で魔法を使えないと実戦ではほとんど使えないって言ってたな。

 セバスチャンさんの言う通り、修練が必要なものなら今すぐ使えるという事はないのだろう。

 剣の鍛錬と同じで、順序立てて少しづつ使えるようになる……という事か。


「ですが、安心してください。今回は呪文詠唱を必要とする魔法の中でも、実戦で役に立ちそうな魔法を選別しました」

「そんな魔法があるんですか?」

「魔法とて一つの手段。使いようによっては役に立つ魔法もあるのですよ」


 俺のギフトと考え方は同じかな。

 役に立たないと思ってい物でも、使い方によっては役に立つ事もあるからな。

 最初は、雑草なんて何も役に立たないかもしれないなんて考えたこともあったからなぁ。


「まずは一つ目、これは光を発する魔法です。以前にも見せましたな」

「確か……フェンリルの森の中で、ですか」


 暗くて視界の悪かった森の中で、明かりを得るために使っていた魔法だったと思う。

 でも、明かりの魔法が戦闘で役に立つのだろうか?


「そうです。本来は、暗い場所等で視界を確保するための魔法ですな」

「その魔法が役に立つ事ってあるんですか? いえ、確かに視界の悪い暗い場所では役に立つんでしょうけど……」

「タクミ様の考えている事はわかります。明かりを灯しただけでは、戦闘には役に立たないという考えでしょう。ですが、ものは考えようなのです」

「考えよう……と言いますと?」

「タクミ様は誰かと戦闘になった時、勝たなければいけないと考えていますね?」

「そう、ですね。もし負けた場合……死ぬ事も考えられますから」


 魔物と戦ったと想定すると、向こうは俺の命を狙って来ている。

 正確には、俺を食べたりとかかもしれないが、どちらにせよ死ぬことになる。

 生きるためには、戦って勝たないといけないだろう。

 これが人間なら、命までは取られなくても何かしらの損害を受ける事になるのは、簡単に想像できる。


「それが間違いなのです。戦って勝たなければいけない場合ももちろんありますが……要は負けなければ良いのです」

「負けなければ……勝つのとは違うのですか?」

「そうですね……例えば、広い場所で魔物に襲われたとします。近くにレオ様はおらず、タクミ様一人です」

「はい」


 セバスチャンさんが言う状況を想像する。


「その魔物には、タクミ様がこれまで鍛錬して学んできた剣が通用しません。そうなった時、どうしますか?」

「……どうして剣が通用しないのか、剣を通用させるにはどうするのかを考えます」

「そうですね。それ自体は間違ってはいません。ですが、どう考えても剣が通用しないとなった場合、負ける事は確実です」

「そう、ですね」


 セバスチャンさんの言っている通りの状況なら、当然だが待っている結末は死ぬしかないと思う。

 負けるしかない状況……考えたくはないが、俺一人が出来る事なんてたかが知れてる。

 剣もまだ、十分に使えるとも言えないしな。


「そんな状況の中、負けないためにはどうするか……それは、逃げる事です」

「逃げる……」

「逃げる事が出来れば、誰かに助けを求める事が出来ます。当然、タクミ様の命は助かる事になるのです」

「成る程……逃げる……ですか」


 戦う時点で、勝たなければいけないと考えていた。

 負けなければ、俺が殺される事はないのは当然だから、負けない事イコール勝つ事。

 それしか考えて無かった俺は、頭が固いのかもしれないな。


「もちろん、相手はタクミ様を逃がさないように追って来ます」

「……そうですね」


 俺に襲い掛かって来てるんだから、むざむざと逃すような事はしないだろう。

 背中を見せて逃げれば、相手も追いかけて来るし、相手が俺より足が早ければ追いつかれてしまう。


「そういう時に、この明かりの魔法です。……ライトエレメンタル・シャイン」


 セバスチャンさんは、手のひらの上に光の球を出した。


「森にいる時は松明代わりでしたので、剣に宿らせましたが……本来は、このように光の球を出す魔法なのです。光る以外に、何も効果はありませんが」

「……確かに」


 光の球の眩しさに一瞬たじろいだが、セバスチャンさんが話しながら触れてみるよう促して来たので、手のひらに乗ってるそれを触ってみる。

 だが、触れようとした俺の手は、そこには何もないように素通りした。

 温度も感じないし、ただそこに光があるだけだ。


「このように光の球として出しても良いですし、剣に宿らせても良いのです。要は相手を光で怯ませることが狙いですね」

「怯ませてる間に逃げろ、と?」

「その通りです。相手にもよりますが……大抵はこちらが何かして来ると考えて身構えます。その隙に逃げる事で、多少は距離を離せるでしょう。それに……」

「それに?」

「魔物にしろ、人間にしろ……当たり前の事ですが、目で物を見て判断しますね?」

「そう、ですね」


 気配を察知して、という人もいるかもしれないが……普通は目で見るものだ。

 それは魔物であろうと人間であろうと変わらない。


「この光の球を出した時、タクミ様はどうでしたか?」

「……眩しいと感じました」

「そうですね。光で目をくらませる……そういう事も出来ます。今は外が明るいので光自体が弱く感じますが、これが夜だったり暗い場所でいきなり使われると……」

「眩し過ぎてすぐには動けませんね……」


 いきなり目の前に、光を出されたんだ……当然、目がくらんでしまうだろう。

 相手の意表を突く、という事なんだな。



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