第105話 貨幣価値を教えてもらいました



 部屋に入って来たセバスチャンさんに挨拶をするレオを見ながら話をする。

 しばらくこの屋敷でお世話になって来て、セバスチャンさんもレオが機嫌が良いかどうかくらいはわかって来たようだ。

 まぁ、執事とかってそういう事に敏感でなくてはいけない仕事なのかもな。


「タクミ様は明日より剣の鍛錬をなさるとの事で、先にこちらを渡しておきます」

「これは……あの時の剣ですか?」

「はい。森の中で一度タクミ様に預けた剣でございます」


 以前森を探索した時、セバスチャンさんに念のためと渡されてたショートソードだ。

 短めの剣身のおかげで軽くて扱いやすく、露払いや枝葉を切るために使ってたから、これなら多少は扱いやすい。

 まぁ、それでも慣れない俺には少し重いんだけどな。


「それと、こちらを」

「これは?」


 剣の次にセバスチャンさんから渡されたのは、小さい革袋だった。

 俺が手に持つと、ずっしりとした重みと一緒に、中で金属が擦れるような音がする。


「今朝作ってもらった薬草の報酬でございます。契約には薬草を卸したらすぐに報酬を渡す事と定めていましたが、あの時は旦那様にギフトを実践して見せる目的もあったため、少々遅れてしまいました」

「あぁ、成る程」


 そうだ、あれはちゃんと対価を得るための薬草栽培だったな。

 エッケンハルトさんに『雑草栽培』を披露する事ばかり考えて、報酬の事を忘れてた。

 セバスチャンさんに渡された革袋の中を机に出して見てみると、結構な数の金貨や銀貨が入っていた。

 あー、そういえば貨幣価値について良く知らなかったな、この機会だからセバスチャンさんに聞いておこう。

 レオ、ちょっと難しい話しになるかもしれないから、ゆっくり寝てていいぞ。


「セバスチャンさん、俺この世界のお金事情に詳しくないので……教えてもらっても良いですか?」

「……そうでしたね……タクミ様はこことは違う場所から来たのでした。それでしたら、私がお教えしましょう」


 一瞬、セバスチャンさんの目が光った気がするけど、多分説明が出来ると思って喜んだんだと思う。

 説明好きのセバスチャンさん、頼りになります。


「まずは一番最低価値の貨幣からですね。ええと、これですね。鉄貨となります」


 セバスチャンさんは、俺が広げた貨幣の中から灰色の物を持って説明を始める。

 鉄貨、ね。


「これは鉄くずを潰して作った物になりますが、それは今はいいですな。これ100枚でパンが1個買えます。そして、これを100枚集めると……この銅貨になります」

「ふむふむ」

「ワフ」


 俺と一緒にセバスチャンさんの説明を聞きながら、レオも頷いている。

 寝て無くて良いのかレオ……というか話の内容がわかるのか?

 シルバーフェンリルが貨幣価値を理解してどうするのかはわからないが、レオが楽しそうなのでそのまま一緒に説明を聞く事にした。


「銅貨10枚で、一人の1日の食事を賄えると考えられます。まぁ、生活にもよるでしょうが。そしてさらに、これを100枚集める事で、この銀貨1枚に変わります」

「銀ですね」


 銀貨はメッキなどでは無く、ちゃんとした純銀のようだ。

 磨いたらしっかり輝きそうな鈍い色をしている。


「銀貨を10枚集めると、最高貨幣の金貨になります。大体の民達は金貨では無く銀貨や銅貨で収入を得ているようですな」

「銀貨で……金貨じゃないのは何故ですか?」


 日本で言うと……多分、万札じゃなくて千円札とかで給料をもらう事になるのかな?

 枚数は増えるけど……。


「金貨だと商店等で使いにくいのです。パンを1個買うのに金貨で支払うとなると、差額を返す商店の方が大変になるうえ、時間もかかってしまいます」

「あぁ、成る程」


 お札と違って金貨や銀貨は場所を取るからか。

 確かにじゃらじゃらとお釣りを受け取るのはちょっとね……。

 その後しばらく、レオと一緒にセバスチャンさんの貨幣説明講義を受けた。

 貨幣価値について完璧とまでは言えないだろうが、それでも何となくはこの世界の貨幣価値がわかって来た。

 金貨1枚=銀貨10枚、銀貨1枚=銅貨100枚、銅貨1枚=鉄貨100枚で、鉄貨1枚で日本だと、大体1円くらいだと思う。

 こちらだとパン1個鉄貨100枚、日本だと大体100円くらいだからな。

 つまり銅貨1枚=100円、銀貨1枚=1万円、金貨1枚=10万円という事だと思う。

 ん……ちょっと待って……確か報酬でロエ一つにつき金貨1枚だったよな……薬草一つに10万円だって!?

 貨幣価値を理解した俺は、セバスチャンさんから受け取った報酬を焦って見てみる。

 えーと、鉄貨と銅貨と銀貨と……金貨……金貨が13枚もある……。

 今朝簡単に『雑草栽培』を使ってロエや他の薬草を栽培しただけで130万円相当……。


「あの……セバスチャンさん……」

「何でしょうか?」

「こんなに報酬をもらっていいんでしょうか?」


 こんなお金、貯金でコツコツ貯めてとかならまだしも、一度でもらえるなんて経験した事が無い。

 今までの仕事でもらってた給料なんて、この5分の1以下だ……。


「タクミ様の栽培して頂いた薬草にはそれなりの価値があるのです。それに、これでも少ない方だとクレアお嬢様は心配しておられます」

「いえいえ、これで少ないなんて事は無いですよ!」

「今回タクミ様に栽培して頂いた薬草、特にロエですが……市場価値は金貨5枚……場合によると10枚以上と言われております。その対価と考えると金貨1枚と言うのは少ないのかもしれませんな……」


 俺の否定の言葉に取り合わず、セバスチャンさんは冷静にロエの価値を語っている。

 ロエが高級な物だと言うのは散々聞いていたが、そこまでだったなんて……。

 金貨10枚って100万円もする薬草なのか……そりゃ確かにあんなに簡単に栽培して見せたら皆驚くな……安い中古車なら買えそうだ。

 ようやくロエの価値を知って驚いている俺をそのままに、セバスチャンさんは説明は終了とばかりに俺に一礼して部屋を出て行った。

 残されたのは、大金を手に入れてしまって驚いてる俺と、貨幣価値を学んで何故か満足気な表情をしているレオ、それと机に置かれた今回の報酬である金貨達だけだった。

 ……ギフトって凄いなぁ……でも調子に乗ると怖いから、あまり気にしない事にしよう……。

 お金の事はあまり考えないようにしておいた方が良さそうだ……エッケンハルトさん達が言うように、俺が狙われる可能性と言うのがようやく実感出来てしまった。

 報酬を受け取ってから実感と言うのもどうかと思うけど……。


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