第73話 フェンリルが目を覚ましました



「……セバスチャン様も容認しているのですね?」

「そうよ。ねぇ、セバスチャン」

「はい。一応条件を出させて頂きましたが、私も連れて帰る事を承諾しました」

「それなら……いいんですかね……?」


 セバスチャンさんからの答えで何とか納得したライラさんは、「フェンリルの子供……確かに可愛いけど……」と呟きながら、焚き火に掛けてあった鍋の所へ行き、皆へ夜食を分け始める。

 俺も、昼食を取ってから薬草くらいしか食べて無いからお腹が減ったな。

 ライラさんの所へ木の皿を持って行き、フィリップさん達と一緒に並んだ。

 食材が限られてるからだろう、ここで野営してから食べなれたオークの肉と野菜を煮込んだスープが夜食だった。

 食べ慣れてても、飽きる事が無いくらい安心する味で今回も美味しかった。

 皆で夜食を食べながら、野営地に残ってたヨハンナさんとライラさんに今日の森探索の成果を報告。

 フィリップさんとニコラさんが中心に報告をしていた。

 途中、俺の『雑草栽培』の話で色々誇張が混じった気がするが、気にしない事にした。

 フィリップさんが盛り上がってる所を、話の腰を折るのは悪いから。

 ただ、ライラさんとヨハンナさんがその話の中から俺に尊敬の眼差しを向けて来たのがこそばゆかった。


「しかしクレアお嬢様、これでこの森から帰ってもよろしいのでしょうか?」


 話が終わり、成果を確認し終えたヨハンナさんがクレアさんに問いかける。


「良いのよ。これ以上ここに留まるのはあまり良い結果になりそうもないわ。予定よりも日数が経っているしね。それに、実際にフェンリルを発見出来たのよ。これはこの森に他のフェンリルがいる事の証明になると思うわ」

「……確かに……今までこの森の奥は人が踏み入れる事の無い地でした。フェンリルが確認された事は初代当主様の伝説以来無かった事です。フェンリルがこの森にはもういないのではないかという考えを否定する事が出来ますね」

「そうよ。本音を言うと、初代当主様のようにレオ様以外のシルバーフェンリルと会える事を期待していたけど、今回はこれで十分だと思うわ」

「わかりました。クレアお嬢様がそう考えられるのであれば私は何も言いません」

「良かったわ」


 クレアさんとヨハンナさんのお話も終わり、皆クレアさんの言ったようにフェンリルをこの森で発見した事が最大の成果と納得した。

 少しの間、焚き火を囲んで休み、そろそろ見張りを立てて交代で寝ようかと皆が動き出した時、クレアさんがずっと抱いたままでいたフェンリルが目を覚ました。


「キュゥ……?」

「目が覚めたようね」


 クレアさんに抱かれたまま、フェンリルは閉じていた瞼を開き、赤い瞳で顔を覗き込んでいたクレアさんを見た。

 俺の横で丸まって寛いでいたレオもフェンリルが起きたことに気付き、立ち上がってクレアさんとフェンリルに近付いた。


「キャゥ……」


 クレアさんを見ていたフェンリルが、レオの接近に気が付きそちらに顔を向けた途端、怯えた声を出して震え始めた。

 レオがシルバーフェンリルだってわかるんだな。


「大丈夫よ、レオ様はあなたを襲ったりしないわ。安心して」

「クゥーン」


 クレアさんはフェンリルの背中を撫でながら優しく声を掛ける。

 レオもフェンリルが怯えないよう気を付けながら顔を寄せ、レオと比べるとかなり小さいフェンリルの顔に頬をすり寄せた。


「キャゥ? キュゥキュゥ」

「ワフ、ワフワフ」


 何やらレオとフェンリルが会話している様子。

 俺から見るとフェンリルが何を言いたいのかはわからないが、レオの方は安心しろと言っているように見えた。

 フェンリルは、レオから目を離して首を巡らせ、周りを見回す。

 どうやら、今の状況を確認してるようだ。


「キュゥ……キャゥキャゥ……」

「ワフ? ……ワウワウ」


 フェンリルが何かを求める声を出す。

 レオがそれに気付き、心配そうな声色でフェンリルと話す。

 ……もしかして、親のフェンリルを探してたりするのかな?

 あの声を聞いてたら、レオを拾った時、助けを求めるような、親を求めるようなレオのか細い声を思い出した。

 雨の中でも小さく聞こえたその声は、助けか親か、でも確かに何かを求める声だったはずだ。


「……ワウ。ワウワウ」

「どうしました、レオ様?」


 レオがフェンリルから離れ、ライラさんの所に行って鳴く。


「ワフー?」


 鍋を前足でつつきつつ、もうないの? と問いかけるように首を傾げた。


「レオは鍋の中身はもうないのかと聞いてるようですね」

「さすがに私でも今のはわかりましたよ、タクミ様。鍋の中は皆が食べて下さいましたので、もうありませんが……そうですね……少し待っていただければ簡単な物が作れますが?」

「ワウ!」


 ライラさんから言われ、レオがお願いすると言うように頷く。


「わかりました。少しだけお待ち下さい」

「ワフ」


 ライラさんは、食料を入れてる袋から残っていたオークの肉と、もう端っこくらいしかのこっていないくず野菜を取り出した。

 ……思ってたより、野菜の残りはギリギリだったんだな。

 明日帰る予定で良かった。

 オークの肉は高級な豚肉のようで美味しいが、野菜も何も無かったら少し味気ない。

 ライラさんが料理を始めるのを見て、レオはまたクレアさんの所へ戻り、フェンリルに顔を寄せた。


「ワウワウ……ワフー」

「キュゥ? キャゥキャゥ!」


 レオがフェンリルに何事か話すと、フェンリルは喜んだような声を上げた。


「レオ様、フェンリルはどうかしたのですか?」

「ワウーワフワフ」


 クレアさんの問いに、レオは一度しょんぼりした顔を見せ、何かを咀嚼するように口を動かす。

 ……お腹が減ってた……かな。


「お腹が減っていたんだそうです」

「ワフ」

「そうなのですか…だからライラに」


 フェンリルがお腹を空かしていたから、レオはライラさんに料理を頼んだのだろう。

 ここに来てからずっと料理はライラさんだったからな。

 というか……もしかして、さっきのフェンリルが何かを求めるように鳴いたのって、お腹が減ったからなのか?

 親とか助けとかじゃなくて、食べ物を欲しがる鳴き声だったのか……昔のレオを思い出して感傷に浸りかけた俺って……。

 まぁ、誰に言ったわけでも無く考えただけだからそんなに恥ずかしくない……だろう……。

 俺は一度かぶりを振って、自分が考えてた事を頭から追い出して忘れる事にした。

 そのままライラさんが料理してる所に近付き、話しかける。



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