第72話 保護したフェンリルを連れて行く事にしました



「セバスチャンさん、俺もフェンリルを連れて行く事に賛成です」

「タクミ様まで……」


 俺もセバスチャンさんにレオとクレアさんの意見に賛成だと伝える。

 森に来る前、レオが言ってたからな。


「森に来るかどうかを決める時、レオと話した内容を覚えてますか?」

「ええと……確か……レオ様がいればフェンリルが襲って来ても大丈夫……との事でしたかな」

「はい。それに、フェンリルは上位であるシルバーフェンリルに絶対服従だとも言っていました。それなら、連れて行ってもレオがいる限り危害は無いんじゃないかと」

「……ふむ……レオ様がいらっしゃれば安心だと……」

「はい」

「セバスチャン……」


 俺の言葉に考え込むセバスチャンさん。

 クレアさんも、フェンリルを連れ帰る事をお願いするようにセバスチャンさんを見ている。


「……そうですな……わかりました。それでは連れ帰って様子を見ましょう」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、セバスチャン」

「ですが! もし屋敷の人間に危害を加えた場合、敵対する魔物として退治する事。それと、レオ様がしっかりとフェンリルを見張る事。これが連れて帰る条件です」

「はい」

「……わかったわ」

「ワウ!」


 レオがいくら大丈夫と伝えたとしても、本当に大丈夫なのか確信が無い。

 今までセバスチャンさん達はフェンリルの面倒を見るなんて事はした事がないだろうからな。

 本来フェンリルは危険な魔物。

 警戒はしておいて当然だと思う。

 セバスチャンさんが出した条件に、俺とクレアさん、レオも頷いた。


「さて、それではそろそろ引き返しましょう。もうほとんど日が沈んでおります」

「そうですね」

「フェンリルがこの森にいる事がわかったんですもの。今回の成果はこれで十分よ」


 クレアさんとしてはシルバーフェンリルに会いたかったんだろうけど、ここに居られるのも今日までだ。

 野営地に戻って休んだ後、夜が明けたらテント等を引き払って屋敷に戻らないといけない。

 1週間近くもこの森にこもっていたんだ、慣れない探索としては長い方だろう。


「では、このフェンリルは私が。レオ様、いいですか?」

「ワフ」


 クレアさんがレオに近付き、レオに声を掛ける。

 レオはそんなクレアさんに一鳴きしたあと、ゆっくりと自身の毛で包んでいたフェンリルから身を離した。


「……ん。見た目よりも軽いんですね」


 クレアさんは、まだ血と土で汚れてるフェンリルを、自分の服が汚れるのも構わず抱き上げる。


「クレアさん、フェンリルを抱いていて帰りは大丈夫ですか? さっきもここまで走りましたし、疲れていませんか?」

「大丈夫です。森の中を歩くのは結構慣れましたから」

「ワフワフ……ワウ!」


 クレアさんはさっき俺が渡した薬草で疲れからは回復してる。

 けど、そこから走ったりしたから疲れが出て来るんじゃないかと思ったが、大丈夫なようだ。

 強がって見せてるのかもしれないけどな。

 そんなクレアさんに、レオはクレアさんに顔を寄せ、その後自分の背中を向けてお座りの姿勢。

 ……どうやら、クレアさんが疲れたら自分の背中に乗せて運ぶって伝えたいようだ。


「……ありがとうございます。レオ様」

「ワフ」


 レオにお礼を言ったクレアさんは、フェンリルを抱いたまま笑った。

 レオもそれに応えるように一鳴き。

 しかし、レオがここまでフェンリルを心配するとはなぁ。

 森に来るかどうか相談をした時、フェンリルは雑魚だとか言ってたから、ここまで気にするとは考えて無かった。

 もしかして、自分が拾われた経験を思い出したのかもしれないな。

 あの日は確か、雨が降ってて大分寒かった。

 まだ生まれたばかりで、弱っていたレオを抱き抱えて自宅に走ったっけなぁ


「それでは皆様、行きましょう」


 おっと、昔の事を思い出してる状況じゃないな。

 俺はセバスチャンさんの言葉に頷き、全員で来た道を引き返した。

 日もかなり沈んで、途中完全に真っ暗になったが、俺が皆に食べてもらった薬草で視界は良好。

 疲れの方も完全に取れてたみたいで、来る時よりも早く移動する事が出来た。

 まぁ、一度通って来た道というのもあるんだけどな。

 俺は帰りながら、フェンリルを抱いてるクレアさんが疲れないか見ていたけど、クレアさんの方は時折フェンリルの寝ている顔を覗き込んだりしながら、上機嫌のまま疲れを見せなかった。

 レオもクレアさんの様子を見ながら後ろを歩いている。

 クレアさんもレオも、連れて帰るフェンリルの事が気になって仕方ないようだ。

 俺から見て、クレアさんは犬を保護したような雰囲気でフェンリルを抱いたまま、上機嫌だ。

 レオの方は、何だろう……新しい弟とか妹が出来た様に心配してる。

 シルバーフェンリルとフェンリルで違うはずだが、レオの中ではあまり関係無いのかもしれない。

 これなら、レオがフェンリルの面倒を見てくれそうだな。

 そんな風に、クレアさんの様子を窺いつつ、俺達は野営地へと戻って来た。

 真夜中と言って良い時間に帰って来た俺達を、ライラさんとヨハンナさんは暖かい夕食……夜食……を作って出迎えてくれた。

 帰って来た時に暖かいご飯と出迎えがあるってのは良い物だなぁ。

 まぁ、ここは外で野営をしてる場所であって自宅じゃないけどな。


「クレアお嬢様……その胸に抱いているのは……?」

「かわいいでしょう? フェンリルの子供なのよ。森の中でトロルドに襲われていたところをレオ様が保護したの」

「トロルドがいたのですか……しかし、フェンリルの子供を連れ帰って大丈夫なのですか?」

「セバスチャンとも約束したし、心配いらないと思うわ。レオ様が見ていて下さるし、それに何故だかこのフェンリルが人を襲うようには思えないの」

「……フェンリルは人や他の魔物を襲う獰猛な魔物と聞いておりますが……」

「何故かしら……よくわからないのだけど、このフェンリルは大丈夫なのだと思えるの」


 クレアさん自身、よくわかっていないようだ。

 何故かわからないが、フェンリルを抱いてるクレアさんには、それが人を襲う魔物には思えないらしい。

 俺にはその感覚はわからないが、穏やかに寝息を立ててるフェンリルを見ると、確かに人を襲う魔物には見えない。

 まぁ、犬や狼っぽくて可愛いというのがあるせいかもしれないけどな。



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