第5話 レオはシルバーフェンリルになっていました



 思わずレオを見る。

 俺に見られて不思議そうにしているレオはとても人を襲ったりしそうにない。

 確かに顔は精悍で狼のようになっていて、体も大きくなったがこんな可愛いワンコが人を襲うわけないじゃないか。

 それはさておき、人を襲う魔物なんてゲームやアニメのモンスターのようだ。

 ……やっぱり夢を見てるのかな俺。

 頭の片隅でさっき無視したラノベの設定が説明したそうに浮かんで来たけど、これも無視をする。


「えっと、それで……シルバーフェンリルっていうのは?」

「そこにいる魔物の事ですけど、違うんですか?」

「え? えーと……そうですね、こいつはシルバーフェンリルです」

「ワウ!」


 話を合わせておこう。

 レオはマルチーズだけど、見た目が大分変ったからそのシルバーフェンリルっていうのに似てるんだろう。


「凄いですね、シルバーフェンリルを従魔にするなんて!」

「え? そう、なんですかね……」

「はい。絶対人に従わない最強の魔物と言われています。過去に多くの人が従魔にしようと挑戦したみたいですが、従わせられた人は一人もいないと聞いています。それに、討伐すら出来ない魔物なので、絶対に近寄っちゃいけない魔物って事で有名ですよ!」

「……お前……最強なの?」

「ガウ!」


 レオがやたらと誇らしそうな顔をしてる。

 マルチーズが最強って何なんだよと思わなくもない。


「シルバーフェンリルは風よりも早く動き、口から火を吐いて、全てを切り裂く爪と、口から伸びた牙に砕けない物は無いと伝わっています」

「……」


 ……確かさっき、たき火をする時に口から火が出てたような……。

 それにオークに噛みついて倒したり、爪で切り裂いたりしてたなぁ……。

 レオ……マルチーズじゃなかったの? シルバーフェンリルなの……?


「シルバーフェンリルの輝く銀色の毛は最強の証と言われていて、その姿を模した物がこの国の王家の紋章になっています」

「……そんなに」

「文献では火だけでなく色々な魔法も操る事が出来ると言われてますが、それを実際に見たという人はいません」

「いないんですか?」

「はい。それを見るという事はシルバーフェンリルと対峙するという事ですから。そんな事になったら生き残る事なんて出来ませんよ」

「……俺、普通にその隣にいるんですけど……」

「だから凄いんです! シルバーフェンリルを従魔にするなんて、歴史に残りますよ!」

「……えー」


 レオと一緒にいるだけで歴史に残るって何なんだろう……。

 さっきからよくわからない情報がいっぱいで頭の中で処理しきれない。

 とりあえず、レオが強い事は確かだけど、こいつは長年一緒に居た相棒のようなものだ。

 従魔ってのが詳しくはわからないが、無理矢理従わせてるわけじゃない。


「こいつはレオです。シルバーフェンリルだとかは関係無く、俺の相棒ですよ」 

「ワウ!」


 俺がそう言うとレオが嬉しそうに俺の顔を舐めた。


「シルバーフェンリルが相棒……あなたは一体……」

「……俺はそこら辺にいる人ですよ?」

「シルバーフェンリルと親しくできるそこらの人なんていません! きっと名のある方なのでしょう?」

「いえ、本当に大した人間じゃないんですが……」

「……お名前を窺っても?」

「大丈夫ですよ。俺の名前は広岡巧と言います」

「ヒロオカ……タクミ……確かに聞いた事はありませんね……」

「でしょ? 名のある人じゃないですからね」


 なんだろう、俺の名前をカタカナのような読み方で呼ばれた気がする。

 綺麗な金髪だから、外人さんなのかな? 

 そういえばここまで話してて女性の方の名前を聞いてなかったな。

 

「名前を聞いていませんでしたね、そちらのお名前は?」

「……これは失礼しました。私の名前はクレア・リーベルトと申します。危ない所を助けて頂き、ありがとうございます」


 女性は一歩下がり、名乗りながらスカートの端を持ち、たおやかな礼をした。

 なんだろう、どこかの上流階級の令嬢と言われても不思議じゃない感じだな。

 こんな綺麗な礼は見た事ない。

 取引先に謝るために頭を下げる礼なら、いくらでもした事も見た事もあるけど……。


「……どうかされましたか?」

「……ああ、いえいえ。なんでもないですよ」


 あまりに綺麗な礼をこんな目鼻立ちの整った美人さんがするもんだから、また見惚れてた。


「えっと、リーベルトさん?」

「クレアとお呼びください、ヒロオカ様」

「……じゃあ、クレアさん。俺の事も巧と呼んで下さい。あと、様付けもしなくて良いですよ」

「畏まりました。タクミさん、ですね」


 どうやら、クレアの方がファーストネームでリーベルトがファミリーネームという事なのだと思う。

 外国では後にファミリーネームが来るんだったな。

 というか本当に日本の名前じゃない! 外人さんだ!


「えっと、それでクレアさん」

「はい、何でしょう?」

「クレアさんは何故この森に?」

「私はここに薬草を採りに来たんですが、薬草を探しているうちに森の奥まで来てしまっていたようです。探すのに夢中になって気付きませんでした……。オークが出たので乗って来た馬も逃げましたし」

「……そう、ですか」


 馬……馬かぁ……。

 確かにクレアさんが馬に乗ってる姿は絵になるだろうけど……車とかじゃないんだ。


「タクミさんは何故ここに?」

「……んー何でここにいるんでしょうね?」

「ワウ?」

「え?」

「いえ、目を覚ましたらこの森にいたんですよ。さっきまでどこかから出られないかとさまよっていたんです」

「……気付いたらこの森にいた……と。どうしてなんでしょう……?」

「何故かは本当にわかりません……」

「そう、ですか」


 まだこれが夢じゃないかと俺は疑ってる。

 頬をつねったら痛かったが、だからと言って本当に夢じゃないなんて言いきれない。

 早く目覚めろ俺ー。

 起きてレオと遊んでやるんだー。

 あれ? でも夢って記憶の整理っていう説もあるよな……。

 俺、こんな美人なクレアさんを見た覚えはないんだけどな。

 願望? 欲望?

 そんな事を考えてると、目の前のクレアさんがおずおずと声を掛けて来た。


「タクミさん、お願いがあるのですがよろしいでしょうか?」

「……何でしょうか。俺に出来る事なら遠慮せず言って下さい」

「ありがとうございます。私はこの森に薬草を探しに来たと言いましたが、その薬草を一緒に探して欲しいのです」

「薬草ですか。俺が探せるかわかりませんが、一緒に探しましょう」


 ここで会ったのも何かの縁だ。

 それに、美人さんの頼みなら断れないよな。




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