いろんなおはなし
遊松
あるくにのおはなし
この国は崩壊している。なぜなら王は民から憎まれている。王宮で働くもの、軍部からも。いつ王の首をとられてもおかしくない。「王は人の心が分からない」民は口々にこの言葉を吐く。そんな王国の中で私は王の護衛を任されている。
私の名前はエル。王の護衛の一人だ。しかし今では護衛は私一人だ。王を守るのはバカバカしいと皆辞めていった。仲間からはさっさとお前も辞めろというがそれでも私は護衛を辞めようとはしなかった。これは王との約束だ。といっても王はこの事は覚えていないだろうが。私は王の部屋の前で王のご起床を待つ。しばらくして扉が開いた。私は跪き
「おはようございます、王」
「…ふん、また貴様か。もう貴様の顔は飽きた。他の者はどうした」
この方がケイ様。人々からは暴君と呼ばれている。
「申し訳ございません、他の者達は暇を出しています。今は私一人でございます」
「ふん。まあよい」
王は興味がなさそうに歩き始めた。私も後ろからついていった。このやり取りを毎日しているが王は忘れてしまっている。それほど私に興味がないのだ。私はそれでも良いと思っている。王の為に働けるなら……。
******
今日も民からの声は王には響かず王はそれに苛立ったのか数人の民を殺すよう私に命じてきた。私は王の言葉通りに民に手をかけた。王は笑っていた。その日の深夜。私は教会に来ていた。そして祈りを捧げていた。今日手にかけてしまった者への贖罪の為。すると背後から声をかけられた。
「またそんなことをしているのか?」
「…………」
「そんなことするなら王でも殺せばいいだろう。そうすればキミはこんな事をせずに済むのに……」
「黙れ、魔術師」
魔術師と呼んだそいつはボロボロのローブを着ておりいつもこの教会で会う謎の奴だ。恐らく軍部からの回し者だろう。開口一番で「王を殺せ」と言う。そのくせ私の事を気に掛けるおかしな奴だ。私は気にせず祈りを捧げる。魔術師は話を続ける。
「そろそろ革命が実行されるみたいだよ」
「……そう」
革命。王の暗殺計画。私は静かに聞いていた。
「それに先立ちキミは王の護衛を外すことになった」
「………そう」
「そう言うことだから大人しくしていてくれよ。エルちゃん」
魔術師はそういうと教会から出て行った。残された私は一人考えた。
『今日からお前はエルだ』
あの日、私に名前と私という存在を下さった王。今の王は覚えていないだろうが私は覚えている。あの日の事を。私は………。
******
その日、すべての国民が口々に叫びながら王宮に向かう。「王を殺せ」と。もちろん仕える兵士たちもだ。王の寝室の扉を蹴りやぶるがそこには王の姿が居ない。
「王が居ないぞ!!! 探せえぇええええ」
私は王を連れて逃げだていた。王には申し訳ないが汚れた洞窟を進んでいる。
「くそっ、くそっ。何故だ!? 何故なんだ!?」
「王よ、今は逃げるのです」
王を引き連れて私たちは走る。しかし次第に洞窟内でも複数の足音が聞こえている。もう追手が迫っていた。私は立ち止った。
「王よ。ここはお逃げ下さい」
私の言葉に王は激怒した。
「俺がこんな奴らから逃げろというのか!!? ふざけるな!!」
「王……」
「貴様もどうせアイツらの仲間なんだろ? そんな奴の言葉が信じられるか!!」
私は激高する王に跪き私の剣を差し出した。いつ追手が来てもおかしくない状況の中の行動に王は戸惑っていた。
「な、なにを……」
「私は、貴方様の命を守るのが私の使命だ。それが信じられなければ貴方様の手で私を殺してほしい」
王は剣を受け取りはしなかった。私は立ち上がり剣を抜いた
「洞窟をでてそのまま道を進んだところにある教会に逃げ込んで下さい。教会の者にも言っております。安心して下さい、私が信頼できるものです」
「…………」
王は何も言わずに走っていった。私はその背中を見送った。そうです。あなたは生きて下さい。あなたは私の全てだった。あなたは覚えていないだろうが、今の私が居るのはあなたのおかげなのだ。
『今日からお前はエルだ』
孤児の私に名前を付けてくれた。あの日から私はこの人に仕えると決めた。私は追手を切り捨てながら王を無事を祈っていた。追手の数は増える一方だがここで食い止めるのが私ができる最後の使命だとおもっている。
私の中で懐かしい記憶が思い出す。あれは幼き日に王との会話を思い出す。
『知っているか、エル!! 俺の名前はケイっていうんだ!!』
『はい、存じております』
『それでな、エル!! ケイの次はエルなんだ!!』
『? それはどういう意味で…』
『だからな!! アルファベットでいうK(ケイ)の次はL(エル)なんだぜ!!』
『そうですね』
『だからお前は俺のそばにいるんだぞ! 絶対だからな!!』
もちろんです。私は、あなたの側に……。
*******
洞窟内は血だまりが出来ており追手の死体が積み重なっている。私も血だらけで追手からの攻撃で目をやられてしまい何も見えない。私は力なくして倒れこんだ。起き上がる力もない。すると誰かが抱き上げてきた。
「エル!!」
「その…声は……魔術師か?」
魔術師を見ようにももう何も見えないが声のする方へ顔をあげた。
「無理はするな! そのままでいろ!」
珍しく声をあげる魔術師。今はどうでもいい。そんな事より
「王は……王は無事なのか?」
「……あぁ、彼なら今はきっと船の上だろう」
教会にいた信頼できるものは魔術師のことだった。胡散臭い奴だが私にとっては信頼できるただ一人の奴だった。
「そう……か。それは……良かった。すまないな……魔術師」
「キミは……キミはそれでいいのか?」
「もち……ろん…だ」
でも心残りがある。それは
「王の……ケイ様の側に……居たかった」
「……エル」
魔術師は私をギュっと抱きしめてくれた。なんとなくだが、なんでか分からないが、王と同じ、匂いがした。私はその匂いに包まれながら意識を手放した。
******
「エル……」
彼女の顔を撫でた。王なんか見捨てて良かった。俺なんか見捨てて良かった。俺の側に居なくてよかった。また同じ運命をたどってしまった。今度こそ、今度こそは……。俺は彼女を救ってみせる。
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