第153話 


 まるでダンジョンのような地下闘技場。


 オーク王との戦いを思い出すが、その規模は別次元のものだ。


 観客の人数は3万人らしい。その熱意は狂気を孕み、狂気は殺意に転換された。


 「「「殺せ! 殺せ! 死ね! 死ね!」」」


 殺伐とした合唱が客席から自然発生的に広がっていく。


 対戦相手の入場を待つ間、この感情の渦が僕1人に向けられる。


 今日の闘技者である僕に向かって……


 それは不の感情。


 まるで人の意思が鎖になり僕を縛り上げていくような錯覚する。


 片手に持って剣が異常な重さを感じさせる。 明らかに通常のコンディションとは程遠い。


 (戦えるか?)


 自身に問いかける。


 そうしないと不安に押しつぶされそうになってしまうから……



 「「「殺せ! 殺せ! し―――― 」」」


 観客たちの声が止まる。


 対戦相手が現れたからだ。


 純潔の人間と聞いていたが、その巨躯はまるで巨人族。


 僕が両手を伸ばしてジャンプしても、頭部まで届かないのではないだろうか?


 ただ身長が高いだけではない。それに比例した体の分厚さ。


 そして下腹部を隠す最低限の布面積。


 隆起した筋肉を観客に見せつけるように相手は露出の高い格好。


 そして、武器は短剣……グラディウスと言うらしい。


 その名前のとおり、闘技者が使う武器。


 中央まで歩いてきた対戦相手は――――


 自ら武器を天を突き刺すかのように勢いよく振り上げた。


 爆発? いや、違う。


 静まり返っていたはず観客の声援が一気に噴き出したのだ。  


 カリスマ。


 動作の1つ1つに観客の目をひきつけるナニカが存在している。


 華がある……って表現されるアレだ。


 「……小さいな」


 対戦相手は僕を値踏みするような視線を向け、呟いた言葉。


 本調子の僕なら、何か言い返していたかもしれない。


 しかし、僕――――トーア・サクラは完全に呑まれていたのだ。


 場所――――地下格闘技場。


 観客――――3万人。札止め状態。


 対戦相手は――――


 王様だ。


 ここ奴隷都市の王者 イスカル国王が剣を片手に僕と対峙している。


 「……どうしてこうなった?」


 僕の回想シーンすら許されず、開始を知らせる鐘の音が鳴り響いた。


 イスカル王は雄たけびを上げて駆け出してくる。


 その動きは剣術ではない。


 豪快に振り上げた剣を豪快に振り下ろすのみ。


 剣で受けるという選択肢は許されない。


 そのまま純粋な腕力で地面に叩きつけられるからだ。


 僕は身を屈めて、転がるような動きで剣撃を避けた。


 だが――――背後からの衝撃。背中を蹴られた。


 「――――カッ!」


 一瞬、呼吸が止まる。だが、止まることは許されない。


 イスカル王が追撃を加えようと剣を振るい続けているからだ。


 避ける。 避ける。 避ける。 避け…… 避け…… 避 避 避……


 反撃が許されない。回避の連続は強制的な無呼吸運動。


 まるで水中戦。水中を泳ぐように心肺機能がガリガリと削られていく。


 回避動作の最中、チラリとイスカル王の顔が見えた。


 笑っている。 


 戦いの最中に笑みを浮かべる人間は確かにいる。


 しかし、これは違う。種類が違うのだ。 相手をいたぶる時に人が見せる性的嗜好な笑いだ。


 それを理解した直後、体が反応した。――――いや、反応したのは心かもしれない。


 ギリギリでイスカル王の剣を避ける。


 それを同時にカウンターの突きを――――

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