第152話 謎の刺客


 ソイツは黒で統一された衣服を身に纏い、顔も黒い頭巾で隠していた。


 まるで不吉が服を着て歩いているような存在。


 ソイツは「刺客」あるいは「暗殺者」に違いない。


 気配と言うものが存在していないからだ。


 一体、いつからそこに立っていたのか? もし、「最初からそこにいた」と言われても僕は納得するだろう。


 それほどまでに朧げで、不確かな存在感を有している。


 いや、僕が気づかないならまだわかる。しかし、クリムも―――なにより、ドラゴンすらソイツの気配に気づけなかったとは、どういう事なんだ?


 その事実が、ソイツの不気味さを加速させる。


 ソイツが立っているのはカツシ少年が―――いや、吸血鬼が滅んだ場所。


 その残骸である灰は、大半が風に飛ばされて舞い上がっているが、子供が遊びで作った砂山程度の量は残っていた。


 刺客は躊躇した様子も見せずに、灰の中に腕を突っ込んだ。


 「なっ!」と驚いたのも束の間、刺客は腕を引き抜く。


 その腕は何かを掴んでいた。僕は、すぐにその正体を察した。


 夢の世界でみた呪われたアイテム。


 『呪怨の卵』


 ソイツは、呪怨の卵の回収に来たのだ。

 という事は―――


 「シュット国からの……いや、アリスの刺客か?」


 僕の問に、刺客は無言。ただ、黒い頭巾から視線を感じる。


 そのまま、無言の時間が流れた。


 「……」


 「……」


 コイツはなぜ喋らない? 


 いや、喋らないだけならわかる。


 しかし、無言を貫きながらも、この場から離れないのはなぜか?


 僕等に、何も言うべき事がなければ、無言のまま撤退すればいいはず。


 そんなことを考えてた。


 だから、だろうか?


 思考の隙。絶妙なタイミングでソイツは動いた。


 ただ、指を僕の向けただけ。それだけで魂を掴まれたかのような恐怖を感じる。


 「トーア・サクラ……ロウ・クリム……そして、ドラゴン」


 ソイツの声は地の底から聞こえてくるような声だった。


 「次期王妃直々に暗殺命令が出ている。我ら暗部が相手となる以上は安息は望めぬと思え」


 僕は―――


 「やはり、アリスか。だったら、彼女に伝えておけ。狙うなら僕だけにしろと!」


 そう怒鳴り声をあげた。


 ソイツは、そんな僕を鼻で笑うと、姿を消した。


 「……あれが敵か」


 表では、国の正式な機関として、オム・オントを筆頭に捜索部隊を編成して、

 裏では、刺客を放ち、世界中に厄災をばら撒く。


 だったら、この旅の目的は、逃走ではない。


 世界中にばらまかれた厄災を取り除く、そして再び決着を付ける。


 アリスとの決着を―――また―――


 そう僕は決意した。


 くいくいと背後から、服を引っ張られた。


 「どうしたんだい?クリム?」


 僕はクリムだと思った。彼女が僕を呼ぶ時に、こういう動作をするからだ。


 しかし―――


「私じゃないよ?」と少し離れた場所からクリムの声がした。


「え?」


 じゃ?一体、誰が?

 振り返ってみると、意外にもドラゴンだった。


 「どうしたんだい?」


 彼女の表情は曇っていて、どことなく不安げだった。


 彼女にしては、非常に珍しい表情だ。


 「さっきの人……私の事をドラゴンって言ってませんでしたか?」


 「ん?そりゃ……あれ?」


 「どうして私がドラゴンって知っていたのでしょ?」


 彼女の言葉を聞いて、背筋に寒気が走り抜けた。


 そうだ。彼女は基本的に自身の事をドラゴンとは言わない。


 基本は偽名だ。


 今でも、まだ『ドラ子・オブ・スピリットファイア』の名前を使っている。


 ドラゴンがドラゴンであるという事はアリスも知らないはずだ。


 ならば……どうして、あの刺客を知っていたのか?


 僕等はソイツが消えた方向を見た。

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